星の奇跡
新月の夜は不安になる。
大地と眠るわたしには、月の光が子守歌の調べよりも、素敵な夢へといざなう役目をしてくれるから。
でも今夜のわたしには、それはちょうどいいことなのかもしれなかった。
だっていちばん大事なのは、これからだから。
まだ眠れない。
花畑に戻って来たわたしは、こめかみを押さえてふうっと息をついた。
めまいが瞼を揺さぶり、頭痛が駆け抜ける。
耳の裏側からこだまする、さあさあと水が流れるような音。
血が足りないんだ。
(大丈夫)
わたしは呟いた。
(明日、ごはんを食べたら治るはず。今夜だけ我慢すればいいことだよ)
だって明日は、あの子の誕生日。
きっとびっくりするほどたくさんのごちそうを、母さんが作ってくれるはずだから。
17才になったあの子の、真新しいぴかぴかの笑顔が見られるはずだから。
立ちくらみに襲われないように時間をかけて、わたしは花の群れの中に座った。
蕾を開くようにそっと両手を広げると、澄みきった群青のふたつの光が踊る。
わたしは親指と人差し指で石を挟み、もう片方の手で針金状の金の差し糸を持つと、ゆっくりとふちに巻き付けた。
止め金を通す穴は、あらかじめガラハドに錐で開けておいてもらった。
細く穿たれた円に、真鍮の棒をていねいに差し込むと、綺麗に貫通したら蓋を嵌め込み、吊り上げてフックの形にする。
細工を施さない吊り石のピアスを作るのに、難しいことなんてなにひとつない。
覚えた手順どおりにきちんとやればいい。
ただそれだけなのに、おかしいくらい指が震えてしかたなかった。
もともとわたしはあの子を呆れさせてしまうほど不器用で、ハンカチの刺繍ひとつだって満足に縫うことも出来ないのだ。
静寂のすきまを泳ぐ自分の息遣いと、暗幕を落としたような闇。
生きた青い鉱石が放つ、淡くかそけき光だけを頼りに、長い時間をかけてわたしはようやくひとつのピアスを作り上げた。
(……あとひとつ)
気づけば、指の震えがひどくなっていた。
視界が少しずつ狭くなり、それが緊張のせいではないことに気づくと、わたしは何度も首を振ってかすむ意識を引き戻した。
左肩が熱い。
傷口が焼けるように痛み、血管を飲み込んで体いっぱいに膨れ上がっていくみたいだ。
(がんばりなさい、シンシア)
(これはなにより大切な、あの子の誕生日プレゼントなんだから)
ひとりぼっちになったわたしを救ってくれたあの子に、どうしてもあげたい贈り物なんだから。
荒い呼吸を繰り返し、震える指を必死で動かしながら、なんとかふたつめの石に止め金を掛けフックを作り上げる。
わたしはふたつのピアスを並べて掌に乗せた。
おかしなところはないか、隅から隅まで射抜くように凝視する。
大きさも長さも寸分違わない。
「出来たわ……。出来た!」
わたしは思わず叫んだ。
(初めてひとりで、物を作り上げることが出来たわ!
ちゃんと、自分の力でプレゼントを作れた……!)
勇者と呼ばれる不思議な生を受けた男の子を、地上にとどめる錨となるという、両耳のピアス。
安堵と喜びが全身を包み、思わず涙さえ浮かんだその瞬間、
(……!)
身体じゅうの血が足元に降りて、ざあっと耳の奥が鳴った。
瞼が揺れ、頭の中がぐるぐる回り出す。
白い視界に赤や黄色の光が散ったように見えたとたん、息が苦しくなって、わたしは身を折り曲げその場に崩れ落ちた。
左肩が焼けつく。
(痛い)
(苦しい)
体と意識がふたつに分かれて浮遊する。
やがて痛みが消えると、繋がっていた五感がばらばらになり、まるで自分が蝶になったような奇妙な心地よさが全身を包んだ。
なぜかひどく懐かしい。
(あの時と同じだわ)
(お母さんとお父さんを殺されて、必死で逃げて、谷底に落ちたあの時と……)
でも、あの時とは違った。
「おい!」
わたしは落ちなかった。
力強い腕に抱き起こされ、ぐいと引き寄せられて、手足が浮きあがる感覚が消え、身体に重みが戻る。
翡翠色の目。
わたしを覗き込んでいる。
小さな頃と同じだ。
「お前……なにやったんだ!」
気づくと、緑の目をした男の子がそこにいて、わたしを抱きしめて頭を抱え寄せ、痛いほど強くひたいに頬を押しあてていた。