星の奇跡


(ソーダライト、紫水晶、それにラピスラズリ)

この世界には聖なる力をたたえた大地の恵み、あまたの美しい天然石が存在する。

(どれがあの子に似合うかな?)

なんて悩むふりをしてみても、本当は思いついた瞬間にもう決めていた。

緑に映えるのは大空の光。

若葉茂る大樹が枝先を伸ばすのは、天から降り注ぐまばゆい群青のまなざし。

ブルーサファイア。

空のしずくを固めて作ったような、鮮やかな紺色の鉱石だ。

(あの子のきらきらした緑色の目に、これ以上映える色なんてないわ)

真に美しい人が、お化粧もお洒落もなにひとつ必要としないように、緑の目の男の子はいつも簡素なチュニカだけを身に着け、装飾品には全く興味を示さない。

(男に飾り物なんかいらない)

指輪くらいすればいいのに、手が綺麗だからとても似合うよと言ったら、不満げに唇を尖らせて、ぼそぼそと投げ出すように呟いた。

(……それに、重くなるからな)

(重くなるって?)

(手足にいろいろぶら下げて、重くて自由に飛べなくなったら困るだろ)

(まるで翼の生えた鳥みたいなことを言うのね)

わたしは笑った。

(大丈夫、あなたはちゃんと足を使って地面を走る人間だよ)

だがそう言うと、男の子は心外そうに片側の頬を歪めて、ぷいと顔をそむけた。

(そういう意味じゃない。

わかんねーなら、いいよ)




ねえ。


今になって思っても、もう全てが遅いけれど。


でも、ごめんね。


わかってあげられなくてごめんね。


もしかしたらずっと、あなたは知っていたのかもしれないね。


自分の背中には、かつて失われた虹色の翼がかたほうだけあったことを。


いつかあの雲に浮かぶ、億千の星々が守るふるさとの城へ還るための、


もうすっかり色あせて根元から無残に折れた、形すらとどめぬまぼろしの天空の翼が。







「ピアスか。いいね」

母親は妙案だというように、まだ潤んだ瞳を輝かせた。

「懐かしいね。あれはもう、十六年も昔のことになる。

その日は冬がまだ居座ってる寒い朝で、みんなの吐く息も打ちたての綿みたいに白かった。

草を刈って酒を蒔いて、大地を清めたら村の真ん中に祭壇を作って、みんなで輪になって祈りの詠唱を捧げながら、焼いた黄金の針で穴を開けたんだよ。

まだ物も言えない、生まれたての赤ん坊だった、あの子の耳にね」

古い思い出は今も苦い痛みを呼び起こすらしく、男の子の母親は顔をしかめた。

「あたしは嫌でたまらなくて、なんとか早く終わらないものかと、耳をふさいであの子の泣き声に必死で耐えてた。

だってそうだろう。いくら神に選ばれし勇者に行う聖なる儀式だからって、生まれたばかりの赤ん坊の身体に傷をつけるなんてさ。

だけどこうしなければ、あたしたち村人の全てを捨てた守護の決意が固まらない。

あの子が生まれながらに背負った咎が赦されないって言うから、あたしは泣く泣く預かったばかりのあの子を祭壇に置いたんだ。

けどあたしに言わせりゃ、なにが生まれながらの罪だって言うのさ。

禁忌を破って異種族同士で愛し合い、子を成したのは両親であって、少しもあの子の罪なんかじゃない。

万物の叫びを聞く耳にくさびの穴を打ち込むことは、あの子を禁断の子供である苦しみから解き放つことなんだって言われたけど、

禁忌だ禁忌だと騒ぐはしから、だけどその子こそが世界を救う勇者だなんて祭り上げるのは、どう考えてもおかしいじゃないか。

そんなのは何もかもあの子ひとりにしょいこませる、おためごかしの言い訳だよ。

あの子はごく普通の……ちょっと人見知りで口下手な、ごく普通の子供なだけなのに、


あたしは、あたしたち人間はよってたかって、あの子を人身御供に……」


男の子の母親ははっと顔を上げた。

「……やだね。まただよ。ほんとにどうしちゃったんだろうね。

あたしにも、あんたの上の空が移っちゃったかな」

答える言葉がみつからなくて、わたしはしかたなく笑った。

「あの子のピアス、わたしはとてもよく似合ってると思うよ。母さん」

「……そうだね」

緑の目の男の子の母親は悲しげに微笑んだ。

姿かたちの全く似ていない美しい息子について、母親がわたしのわからない言葉で喋るのは、決してこれが初めてじゃなかった。


異種族の両親。


禁忌。


そして、神に選ばれし勇者。


胸の奥に抱え込んだ何かを吐き出すように、母親は痛みに満ちた声で呟き、その顔があまりに苦しそうだったから、わたしは聞き返すことさえできなかった。

(勇者ってなに?あの子がそうなの?)

(あの子がなにか悪いことをしたから、罰として勇者にさせられちゃったの?)

だとしたらそれは、子供のころ男の子と交わした言葉のように、金や銀に光るきれいな車のことなんかじゃなく、

誰もやりたくなくて、でも誰かが必ずやらなきゃならないことを、あの子は生まれながらに引き受けさせられてしまったってことなんだ。
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