星の奇跡
「そうだわ、誕生日……!」
わたしは叫んだ。
男の子の母親は、しいっと口を指で押さえる仕草をした。
「いつ帰って来るかわからないからね。あんまり大きな声で言っちゃだめだよ」
「ご、ごめんなさい」
わたしは慌てて声をひそめた。
「で、どうするの、母さん。今年もまた家族でお祝いするの?」
「それなんだけどねえ」
母親は思案げに眉根を寄せた。
「ケーキやたくさんのアントルメに、ごちそうを準備して祝うってのは、もう止めにしようと思うんだよ。
ほら、あの子去年の誕生日の時も、すごく嫌がってたろ。
こっちは祝福の歌を歌ったり、白金の燭台に聖なる火をかかげたりして、懸命に祝おうとしてるのに、
なんで余計なことするんだって顔して、あんなに好きだった甘いものも、今じゃほとんど食べなくなっちゃったしさ」
「そういえば、そうだね」
鼻の頭にクリームをつけて、ケーキを頬張っていた小さな笑顔はいつしかテーブルから消え、砂糖カエデの樹液を嬉しそうに舐めた男の子は、もう酪で作ったクッキーすら口にしなくなった。
「全く男の子なんてさ、つまんないもんだよね」
母親はため息をついた。
「母さん、おいしい!来年はもっと大きなケーキにしてよ!って言ってた口が、たった数年足らずで、いらねえよ、俺はこんなこと頼んでないって吐き捨てるんだから。
ま、仕方ないのかもしれないけどね。
誕生日なんて喜んでみせたって、所詮あの子が本当に生まれた日じゃ……」
言いかけて母親は口をつぐんだ。
不用意に発した言葉で自分自身を傷つけてしまったように、苦しげに目を閉じる。
「……いいや、あの子の誕生日はあの日だ」
なにかを振り切る吐息を飲み込むと、渇いた唇からかすかで、だがはっとするほど強い呟きが洩れた。
「あたしったら、なんて馬鹿なことを。母親がそんなこと言っちゃおしまいだよね。
あの子の誕生日は、間違いなくあたしたちが毎年祝うあの日だよ。
あの子はあたしの子。誰がなんといおうとも、絶対にあたしの息子なんだ。
誰にも渡しやしない。なにがあろうとも守ってみせる。
あの子はあたしの坊や。この世でたったひとりの大切な……あたしの、可愛い子供なんだから!」
「母さん……?」
母親の目が急に伏せられ、瞼に光るものが滲む。
わたしは驚いて言葉を失った。
(どうしたの?どうして泣くの?)
(泣いちゃ駄目だよ。泣くなんてまるで、いつかそうじゃなくなっちゃうみたいじゃない。
母さんは……母親は、子供の前ではいつだって笑っていなくちゃ駄目なんだから!)
わたしは立ち上がると、母親の豊かな身体に急いで抱きついた。
「ね、母さん!やっぱりたくさんごちそうを作ろうよ。
どんなに嫌がられたって、うるさいって言われたって、それでも何度もおめでとうって歌を歌おうよ。
誕生日って、きっとそうする日なんだよ。
生まれてくれてありがとうって、命に感謝を届ける日なんだよ。
テーブルに乗らないくらいのケーキもパイもシチューも、わたしがあの子の分までぜーんぶ食べちゃうから。ね!」
「……そうだね、そうしようか」
緑の目の男の子の母親は、瞼をこすって微笑んだ。
「いやだね、急にめそめそしちゃって。あたしももう年なのかねえ。
ありがとう。あんたがいてくれて本当によかったよ、シンシア」
「え?」
温かくて分厚い手が、赤子を抱くようにぎゅっとわたしの背中を抱きしめる。
「大好きだよ、シンシア」
日向みたいな母さんのぬくもりが、身体じゅうに染み渡る。
突然の抱擁に身動きできずにいると、小さな頃から聞きなれた呟きが、祈りのように耳元で奏でられた。
「運命の神様はずいぶん酷いことするじゃないかと思って来たけど、でもどうやらあたしにだけは、お沙汰が違ったみたいだ。
あんなに可愛い息子と、その上あんたみたいな優しい娘まで授けてくれたんだからね。
あたしの人生は幸せだった。
あんたと出会えて、あの子と出会えて、本当に幸せだった。
だからこの先なにがあったとしても、少しの悔いもないよ。
あの子を守るためなら、あたしはいつだって……」
「か、母さん!」
なぜかわけのわからない不安に襲われて、わたしはあわてて遮った。
「わたし、あの子にプレゼントをあげたいわ。
それを見ればいつでもわたしと母さんのことを思い出せるような、素敵な素敵な誕生日プレゼント。
ねえ、なにが喜ぶのか一緒に考えてよ!」
「……そうだね」
立ち込めた感傷からまだ抜け出せぬように、母親はぼんやりと宙を見つめた。
「剣は鍛冶屋にいつも新しいものを打ってもらえるし、服や靴には少しも興味ないし。
あの子は一体、なにを喜ぶんだろうかねえ」
「そうだわ」
ふいに思いついて、わたしは叫んだ。
装飾品をつけない緑の目の男の子が、たったひとつだけ、子供の頃からずっと身につけているものがある。
「聖なる守護の祈りを込めたピアス。
わたし、あの子に新しいピアスをプレゼントしたいわ」