星の奇跡
永遠のような沈黙。
子供のころ、ふたりで黙ってアリの行列を眺めたり、さなぎから羽化する蝶を言葉もなく見つめることはあった。
でもこんなふうに、なにかのきっかけでぱんと弾け飛んでしまいそうな、重い沈黙は初めてだった。
心臓の音が鳴り響く。
答えを聞くのが怖い。
もし「俺は大人になった。だからお前なんかもういらない」って言われたら、わたしは一体どうすればいいの?
男の子はまるで苦いものを飲まされたように、頬を歪めて難しい顔をしていたが、やがてぽつりと言った。
「……そうじゃない」
「じゃあどうして?」
「お前もおれも、もうガキじゃない。わざわざ一緒に寝なくたっていいだろ。
ただそれだけだよ。嫌いとかどうとか……、そんなんじゃない」
「でもわたしは、わざわざ一緒に寝たいの。あ、あなたがそう思っていなくても」
まるでくさびを打ち込まれたように、心がずきんと鋭く痛む。
けれどわたしは泣くのをぐっとこらえて言い返した。
「ねえ、どうして急にそんなことを言いだしたの?
大好きなふたりの時間をこれからも大切にしたいと思うのは、そんなにいけないことなの?
わたしたち、ずっと一緒にいられるんでしょ?だったらふたりで眠るののなにがおかしいの?
わかんないよ。わたし、あなたがわかんない」
「なんでわかんねえんだよ」
不意に男の子の声が大きくなったので、わたしはびくりと身を縮めた。
手と手が離れ、リンゴが足元にすとんと落ちる。
ようやく甘くなった果実は、そのまま傾斜を転がり落ちてしまったけれど、もうふたりともそちらを見ようともしなかった。
「急にじゃない。わかってないのはお前だ」
男の子は怒ったように口をへの字にして、わたしを睨んだ。
なめらかな白い頬に薔薇が咲くように血が昇って行くのを、わたしは呆然と見つめた。
「いいか、シンシア」
「……うん」
「おれは男だ」
「知ってるよ、そんなの」
「お前は女だ」
「それも知ってる」
「だったら……」
そこで男の子は、なにかにつまづいたようにぴたりと口をつぐんだ。
自分が続けようとした言葉を恐れるように、さっと目を伏せる。
ふいに息が苦しくてたまらなくなって、わたしは慌てて首元を押さえた。
(まただわ……!なんだろう、うまく空気が吸えない)
動悸が激しくなり、目の前がくらくらと揺れる。
(わ、わたし、もしかしたら病気なのかもしれないわ)
心臓が暴れる。
喉に大きくて熱いかたまりが込み上げて、言いたいことがあるのになにも口にすることが出来ない。
男の子の瞳がわたしを見つめる。
いつもと違う、緑色の火みたいな目。
「わ……わたし、帰る!」
あまりの慟哭に恐怖すら覚え、思わず逃げ出そうと体の向きを変えると、鞭のように手が伸びて来て、わたしの腕を乱暴につかんだ。
「痛……!」
だが男の子は、少しも力をゆるめようとしなかった。
「お前が聞いたんだ」
いつも感情を表に出さない美しい顔が、まるで痛みを堪えるような表情を浮かべていて、わたしは怯えて後ずさった。
「は、離して」
「俺は……俺は、まだ言いたくなんてなかった。
いつか強くなって、村の外へと自由に出かけられるようになって、お前にこの広い世界の全てを見せてやれるようになったら。
世界中の誰よりも強くなって、お前のことを守ってやれるようになったら、その時は。
そう思ってた。……でも、もう無理だ」
「ねえ、痛いよ……。お願い、離して」
わたしは苦しげに懇願した。
掴まれた腕から広がる、血の流れがとまってしまいそうなほどの圧迫感。
いつのまに彼は、こんなに力が強くなったのだろう。
男の子は手を離すと、朱い痕のついたわたしの腕を見つめて唇を噛んだ。
「……こんなふうに、したかったんじゃない」
「へ、平気だよ。もう大丈夫だから」
「シンシア」
かすれた低い声が苦しげに呟く。
「おれはお前と、もうずっと一緒に寝られないんだ」
わたしは言葉を失った。
「どうして……」
「……からだ」
男の子の緑色の目が一瞬宙を睨み、それから矢を射るようにわたしをまっすぐに捉えた。
「おまえが好きだからだ。いつからなんてわからない。
おれは、お前が好きだ」