星の奇跡
「坊や!どこを探してもいないと思ったら、まぁた石垣の向こうがわへ出たんだね!
村外れまで行くのは、あれほど駄目だって言ったろう。こっちへおいで!
掟を守らない悪い子は、かあさんの厳しいお仕置だよ!」
「嫌だ!」
わたしと男の子はそろそろ、忍び足で垣根の内側の小さな集落へ入り込んだ。
ここは、村だ。
こんなに山奥に、人の住む村。
石造りの小さな家の扉を開いたとたん、鐘を打ち鳴らすような騒々しい声が叫んで、松の実みたいに大柄な女が駆け寄って来る。
男の子はコマネズミのような敏捷さを発揮して、首根っこをつかもうとする手をすばやく避けた。
「わざと村はずれまで行ったんじゃない。
ヤマネコのキクリが東に走って行くのを見たから、またウサギの巣穴を見つけたんじゃないかと思って、後を追いかけただけだ!」
「それで石垣を越えたってのかい?ウサギは何度も同じ巣穴に帰って来る。
壁の向こうに巣なんかないってこと、お前がいちばんよーく知ってるはずだろうに!
そんなみえすいた嘘、かあさんには通用しないよ!」
「ウ……ウサギは、見つからなかったけど」
男の子は母親の勢いに負けまいと、声を張り上げて言い返した。
「そのかわり、もっといいものを見つけた。絵本と同じ、耳が長くて猫の目をしたエルフのともだち。
風や鳥の歌をうたう、白鳥みたいにきれいなエルフだ!」
すると女性はぴたりと口をつぐんだ。
突っ立っているわたしにとっくに気づいているのに、わざと視線をあてようとせず、困惑した様子で突然の闖入者を連れ帰った息子を見下ろす。
男の子はためらう母親をせかすように言い放った。
「エルフのシンシアだ。おれのだ!」
「坊や、おれのなんて言いかたを軽々しくするものじゃないよ」
母親は首を振った。
「命はだれのものにもならない。
神様からお借りした命は、一生けんめいに生きて磨いて、自分だけの色にきらきらに光らせてから、やがてまた神様にお返しするんだ。
例え自分のいのちであろうと、この世のだれかのものになったりなんて、決してしないんだからね。おれのなんて言っちゃだめだ」
息子をたしなめ、女性は意を決したようにゆっくりとこちらに視線を移した。
わたしは思わずひっと息を吸いこんだ。
動けない体に、矢が射かけられるような恐怖。
背中に震えが走る。
男の子の母親は観察するようにわたしを凝視したが、衣服ににじんだ血の染みに気づいて、顔をくもらせた。
「あんた、ひどい怪我をしてるね。
足は血だらけだし、服もぼろぼろだわ。一体なにが……」
言いかけて言葉を飲み込み、すぐにすべてを理解した表情を浮かべる。
「そうか、金目当ての密猟者に襲われたんだね。かわいそうに。
ふもとの街には、エルフ狩りを喜ぶごうつくで浅ましい輩がずいぶんと多いからねえ。
それにしても、あんたみたいな子供までこんな目に遭わせるなんて、全く人間さまってのは、欲に目が眩むととんでもないけだものに変身してしまうもんだ。
野を駆けるライオンだって、生きるために必要なぶんしか、獲物は狩らないっていうのにね。
同じ種を持つ生き物として、あたしは心底恥ずかしいよ」
ふいに男の子の母親の目から、探るような色が消えた。
微笑みが浮かぶと、温かそうな分厚い手が呆然と立ち尽くすわたしへ差しのべられる。
「ずいぶん怖かったろう。でももう安心していいからね。
この村にはあんたを捕まえようとする人間なんて、ひとりもいない。
ここは他とは違う、誰も知らない………特別な場所なんだよ」