星の奇跡
聞こえている?お星様。
もしもあの日のあの出会いが、あなたが遠い昔から決めていた約束だったというなら、わたしはようやく声を大にして言える。
奇跡ってどんなものなのか、やっとわかったって。
うんと胸を張って、薔薇の花のように誇り高く顔を上げて。
だっておかあさんの言った通り、本当に大切な宝物は、綺麗なお城でも馬車でもドレスでもない。
それはもっとささやかで、形さえないものだと気付いた、最初で最後の瞬間だったから。
冷たい雫がぽとりと唇の上に落ちて、わたしはうっすらと目を開けた。
(わぁ、なんだろ……?甘ぁい)
はちみつのような濃い甘みが喉に広がり、頭の奥からじんわりと目覚めが立ちのぼる。
冬枯れした硬い草の、ちくちくする感触。
顔のあちこちを刺すから痛くてかゆくて、まるで松の木の下で滑って転んだみたいだ。
だが起き上がろうとしてわたしは、思わず叫び声をあげた。
鈍い痛み。鼓膜まで突き抜ける。全身が麻痺したように強張り、指の先さえ動かすことが出来ない。
「ねえ、起きたのか」
その時、誰かの顔が目の前に現われた。
(誰……?)
翡翠色の影。
おかあさんじゃない。
ばらばらに散らばった意識を拾い集め、もやのように揺れる影を見つめていると、やがてそれは徐々に人の形になった。
白い手が伸びて来て、生きているのかをたしかめるようにそっと頬に触れる。
(冷たい!)
ひやりとした冷たさに呻くと、手は驚いたようにさっと引っ込んだ。
それからしばらくしてまた、小さな影が恐る恐る近付いて来る。
両膝をついて身体をかがめ、地面に前髪が着くほど首を傾けて、まるでアリの行列を覗き込むようにこちらをじいっと見つめる姿。
透けるような髪、大きすぎる翡翠色の目。
なめらかでふっくらした頬。
子供だ。
「痛いのか」
「……うん」
問いかけに答える声が、自分のものではないみたいにしゃがれていたので、わたしは不意にたまらなく悲しくなった。
「泣いてるのか」
「うん」
「どうして」
「だって、あんまり怖くて叫び過ぎたから、こんながらがら声になっちゃって……、もう風や鳥の歌も歌えないよ」
「うた?」
緑色の目をした男の子――それは、とても美しい男の子だった――は、首を傾げて不思議そうに何度かまばたきした。
「おまえ、風や鳥と一緒に歌を歌うのか」
「うん」
「どんな歌?聞きたい」
「無理だよ。こんな声じゃもう歌なんて歌えないもの」
「声がなおればいいのか」
子供は懐をごそごそと探り、中から人差し指ほどの小さな硝子瓶を取り出した。
「じゃあもういっぺん、おまえにやる」
光沢のある琥珀色の液体が、円柱形の硝子の中できらきらと揺れている。
男の子はコルクで出来た蓋を真剣な顔で開けると、片方の手をお椀のように丸めた。
「大切な薬、ほんとうは二回もあげたりしたくないけど」
掌の真ん中に小瓶を傾け、丁寧に二、三滴落とす。
「おまえはとくべつだ。くちを、あけろ」
ひんやりと冷たい手があてがわれる。
わたしはされるがまま唇を開いた。
小さな指をつたって流れ込んで来る、香り高くとろりと甘い味。
さっきと同じ味。
「おいしいだろぉ」
喉を鳴らして飲み込むわたしを見て、緑の目をした子供は得意そうに言った。
「村のみんなで作った、砂糖カエデの樹液。ものすごくちょっとしか取れないんだぞ。
大鍋みっつぶんの樹液を一日じゅう煮つめて、やっとこれだけ」
「とっても甘いねえ」
わたしは嬉しくなって、横たわったまま笑った。
「おやつに食べる百合の根や、草原ツツジの蜜よりずうっと。
カエデの樹液を煮たのなんて、初めて食べたよ。あなたは火を使う一族のエルフなの?」
「エルフ?」
男の子は怪訝そうに眉をひそめた。
「エルフって、かあさんが寝る前に読んでくれる絵本に出て来る、みみのながいヨウセイのことか」
わたしははっとした。
(この子、人間だわ……!)
雪のように白い肌や整った目鼻立ちに、すっかり同族だと思い込んでいたけれど、よく見ると耳の先は丸く、エルフ特有の瞳の中心に走る縦長の虹彩もない。
「ねえ、エルフってなに。お前はエルフなの。
エルフはみんな、風や鳥の歌をうたうのか」
緑の目の子供は見知らぬ魔法のありかを探すように、わたしを興味深げにじっと見つめた。