星の奇跡
~星の奇跡~
―――わたしは走っていた。
鞭を打たれるように冷たい空気をかきわけ、皮が裂けて血だらけの足で硬い土を蹴り、恐怖と絶望に引きちぎれそうな心をなんとか奮い立たせて、
前へ、とにかく前へ。
どこでもいい、彼らがもう追ってこられないところへ。
(エルフの子供だ!生け捕りにしろ)
(その涙は紅く輝くルビーとなり、したたる生き血をすすれば千年もの不老長寿の力を得るという)
(恐ろしく高く売れるぞ!なんとしても捕まえるんだ!)
欲望に血走った目、狂気にも似た嘲笑。
津波のように追いかけて来る獣じみた叫び声、耳の奥に突き刺さる怒号。
(捕まえても殺すな!手足を切り、血を流させるんだ)
(殴ってもいい。だが目は潰しちゃいかんぞ!大事なルビーの涙が取れなくなるからな)
黒々した闇の中から、ぎらぎら光る無数の手がこちらへ向かって伸びて来る。
わたしは泣きながら走り続けた。
(怖い)
(怖い、怖いよぉ……!)
足にナイフを打ちこまれ、倒れた身体を乱暴に引きずられて、まるで市場で売る野菜のように汚れた革袋に押し込められた母親。
抵抗すると思われたのか、いきなり身体じゅうに無数の矢を放たれ、自分がどうなったのかすら気付かぬまま、ハリネズミのような凄惨な姿でかっと目を見開いて絶命した父親。
荷車に載せられ運ばれて行く袋の中から、人間には決して聞こえない、無残に切り倒される樹々の悲鳴のような叫びが響いた。
「逃げるのよ、シンシア!
逃げて生きるの!」
だから今、こうして必死で逃げている。
でもどこへ?
ひとりぼっちになってしまったのにどこへ逃げて、これから一体なんのために生きればいいの?
走り続けていると不意に手足の感覚がなくなり、身体が軽くなった。
いつのまにか、足の下に地面がない。
無我夢中で逃げるあまり、森を抜けた高い丘の突端から身体ごと飛び出してしまっていたのだ。
(落ちる……!)
落下して行く。
林檎の実が落ちるみたいに。
だが不思議なことに、意識はまるで枝先から飛び立った蝶のように、ふわりと空中を浮遊する。
迫り来る死を目前に、目眩がするような心地よさに視界が白く閃いた。
大気に散らばるルビーの粒子。
(ああ、きれい……)
わたしはかすかに微笑んだ。
(わたしの涙、きれい。
こんなにきれいなら、みんながあんなに必死になって欲しがっても、仕方ないのかもしれない)
無数の小さな紅いかけらがきらきら、鱗粉みたいに舞い広がり、空に混じる蒼と紅と白い雲が、まるで宝石箱みたいだと思った瞬間、
わたしは谷底にまっさかさまに落ちた。