あの日出会ったあの勇者
激しい勢いで言い捨てると、老婆は腹ただしげにふんと反対側を向いてしまった。
ばっさりと斬って捨てるような扱いを受けた男たちはあからさまに不服そうな表情を浮かべたが、言われたことに納得する部分も大きかったのだろう。
踵を返すと、揃ってすごすごと部屋を出て行く。何十人もの人間が一斉にいなくなったので、ライと緑の目の若者の前にぽっかりと空洞が出来た。
カウンター向こうにいた口髭の男はおや、といぶかしげに眉をひそめると、若者の整った顔を凝視した。
「あんたさんは……たしか、以前もここへ来なすったね。すぐに金になる職を探してるとかで」
緑の目の若者は愛想程度に頷いた。
「もう一年以上前のことだ。毎日これほど大人数を相手するのに、俺を覚えてるのか」
「そりゃ、あんたみたいに派手な見た目をしてる人間が、肉体労働を多くあっせんするこのギルドに職探しに来るのは珍しいからね。
外見がきれいな奴らはたいていエンドールの歓楽街に足を運んで、そこで自分に見合った仕事をさっさと見つけちまうもんさ。あれからいい仕事は見つかったのかい、兄さん」
「まあな。見つかったというより、自分の持ってる技を仕事にする方法を見つけた」
「そりゃあよかった」
口髭の男は温厚そうに笑った。
「里に連れを待たせてるから国外へ出稼ぎは出来ない、お偉方への騎士仕えも嫌だ。だからといって、酒場の給仕や夜伽仕事なんてもってのほか。
注文の多いあんたの役に立てなかったのを、こちとら申し訳なく思ってたのさ。折に触れては思い出してたよ。あのべっぴんな兄さんは、今頃なにして働いてるんだろうな、って」
「おかげで食うには困ってない」
「それがなによりさ。食ってく事が出来るかどうか。それが、人間にとっていちばん必要な幸せだからね」
ふたりの会話を聞いていたライは、緑の目の若者を怪訝そうに見上げた。
「あんたも、ここに仕事を探しに来たことがあるのか?」
「ああ。もう、だいぶ前だけどな」
「木彫り製品を作って売るのが仕事だって言ってたじゃないか」
「子供の時から好きでやってただけのお遊びが、まさか金になるなんて最初は思わなかったんだ」
緑の目の若者は肩をすくめた。
「旅が終わって仲間たちと別れて、故郷の村に帰った。あいつとふたり、いちからやり直して生きて行こうと思った時、初めて気づいた。
俺にはなにもない。占いも踊りも出来ない。商売もやったことがない。勤め先の教会も王宮も城もなければ、それ相応の身分もない。
剣や魔法なら小さい頃から徹底的に仕込まれたから、誰にも負けない自信はある。でも、それだけだ。俺の取り柄はそれだけしかなかった。
このままじゃシンシアと毎日の飯を食うことも出来ない。生きていくためには、働いで金を稼がなきゃいけない。それで、仕事を探しにこのブランカに来た。
働き口は思ったように見つからなかったけど、当面の足しにくらいなるかといくつか木彫り製品をよろず屋に持って行ったら、主人のディートが高く買ってくれて、うまいこと食っていくことが出来るようになった」
「それですんなり仕事が決まったのか。ずいぶん運がよかったんだな」
「運?」
緑の目の若者は考え込むように言葉を途切れさせた。
「運か。まあ、そうかもな」
「馬鹿言ってるんじゃないぞ。坊主」
すると口髭の男が、カウンターの向こうからたしなめるようにライに向かって顔をしかめた。
「幸運に出くわした人間を、やっかみ半分で皮肉っちゃあいけないよ。運を引き寄せるのはなんだと思うかい?運はにわか雨みたいに空から突然降って来るものじゃない。
答えは、掛け値なしの努力さ。このべっぴんの兄さんが小さな頃から晴れの日も雨の日もこつこつ作り続けて来た努力の結晶が、人々の心を掴む美しい木彫り製品だ。
それが高い値段で売れるのは、ただの運なんかじゃない。こっちの婆さんもさっき言ってたろ。運は神様のお目こぼし。
この兄さんが積み重ねて来た努力が引き寄せた、神の立派なご褒美さ」