下弦の月の夜
「……アリーナ様」
振り向くとまだ眠りの靄のかけられた瞳で、クリフトがぼんやりとこちらを見つめている。
「起きたの?」
「はい」
「まだ夜明け前よ。もう少し眠った方がいいわ」
「アリーナ様は」
「わたしは目が覚めちゃったから、本でも読んでる」
「ですがここには、宗教学についての書物しか」
「構わないわ」
わたしは皮肉に聞こえないように慎重に言った。
「例え教会を出入り禁止にされてしまったとしても、神の教えを学ぶのは決して嫌いじゃないもの」
「その割に昔からあなたの聖書はいつも、紙飛行機に化けていたけれど」
「崇高な言葉たちが風に乗って自由に空を舞うのを見ていると、ああ、世の中捨てたものじゃないんだなって思うのよ」
「確かに」
クリフトは微笑んだ。
「言葉はいつも偽善の枷に搦め捕られ、どんな真実も口にすれば必ず偽りになってしまう。
どうしてなんでしょうね」
「じゃあお前がわたしを好きだと言うのも、本当は偽りだっていうの?」
「どうかな」
「酷いわ」
「この命の全てを懸けて貴方を愛していると、ずっとそう思っていたけれど」
クリフトは目を閉じた。
長い睫毛が、痩せた頬に蒼い影を落とす。