下弦の月の夜
金色の月の光が絹のベールのように柔らかく空を覆う、ある秋の夜。
あまりの静けさにわたしは上手く眠れず、ベッドから起き上がった。
床に散らばった衣服を取り、そっと身につける。
テーブルの上の水差しを取り、直接唇を付けて一息に飲み干す。
水分を得た喉が子猫の鳴き声のような音を立て、わたしは慌てて口元を押さえて振り返った。
だがクリフトは身じろぎもせず、シーツに頬を埋めて静かに眠り続けている。
硬い寝顔には、久しぶりに二人でいるというのに安らぎの影すらない。
~下弦の月の夜~
また痩せた。
顔を合わせた途端に気づいたけれど、彼の追い詰められたまなざしを見るととても尋ねることは出来なかった。
慌ただしく身体を合わせた後、クリフトはすぐに眠りに落ちた。
きっともうずっと、充分に眠れていなかったのだろう。
不眠の原因であるわたしを傍らにして、ようやく眠る事が出来たなんて。
ベッドの中で独り身を丸め、神とわたしの名を交互に呟き続ける彼を思い浮かべると、胸がずきりと痛んだ。
クリフトの寝顔は青白く、眉間には皺が刻まれ、まるで「苦悩」という名のついた石膏の彫像のように見えた。
わたしは不謹慎にも思った。
なんと美しい男だろうと。
日に日に痩せ、窶れていくというのに、何故かクリフトの美貌は増していく。
共に旅を続けていた頃の照り映えるような恋の歓喜の表情は既に失われて、蒼い目はわたしの前で、行き場のない情念を秘めているように暗く光っていたが、
まるで夜から削り出した黒翡翠のように、彼は心の闇をまといいよいよ美しかった。
わたしの身体を抱いた後、迷子になってしまった子供のようにぼんやりと放心して裸の膝を抱える姿は、妖艶ですらあった。
絶対に手放したくない。
それがどんなにクリフトを苦しめるのか解っていても、もはやわたしの人生から、彼の存在を分かつことは不可能だった。
私達は仲のよい双子のウサギのように、幼い頃から常に一緒に育って来たのだ。
親愛と友情の絡み合った絆は、年齢を経て恋と性愛を巻き込み、更に深く強く断ちがたいものとなっていた。
泣きながら、もうここには来ないで下さいと懇願するクリフトを無視して、わたしはほとんど毎日、夜更けに彼の元を訪れた。
そうせずにはいられなかった。
魚が酸素を求めるように、わたしは目の前の石のような現実から幸福を求めるため、いつも自分から服を脱いで、クリフトの腕の中に飛び込んで行った。