初夜



―――Sideアリーナ





まるで熱した石をごくんと飲み込んだみたいに、お腹の底が重くてふつふつと熱い。

それが強い嫉妬だと言うことに気付くまで、だいぶ時間が掛かった。

だって仕方がない。

これまで生きて来た19年間、焼きもちなんて一度も妬いたことがなかったのだから。

一旦は閉じられた教会の扉が数分後にまた開かれるまで、わたしはじっと木陰に隠れたまま、混乱する頭をなんとか整理しようと試みていた。

彼が現われた時のあの騒ぎ。扉の前にあふれ返った、この女性たちはおそらく皆、クリフトに会いに来ている。

(なぜ?)

楽器の演奏の得意なクリフトが、わたし以外にもオカリナを教えているのがまさかこの女たち全員と言うわけではないだろうし。

「ああ、素敵だわ!」

ひとりが両手を組み合わせうっとりと叫ぶと、辺りにいたほとんどの娘たちが、賛同するように深く頷いた。

「なんて魅力的な蒼い瞳なんでしょう。まるであの空を切り取ったみたい」

「背が高くて、足がすんなりと長くて……ああ、クリフト様のあの腕にすっぽりと抱きしめて頂けたらどんなに幸せかしら」

(なんですって!)

わたしは目尻を吊り上げた。

(図々しい想像しないでよ!わたしだって、まだ一度もそんなことされたことないっていうのに)

だがそんな怒りが彼女たちに届くわけもなく、火がついた娘たちの妄想はまたたくまに膨らみ、ついに「クリフト様とああしたい」「こうされたい」と、目をハート形にして口々に叫ぶ騒ぎになってしまった。

(なんなの)

わたしは唖然とした。

(そりゃ、クリフトは優しくてハンサムで……これまでだって女の子たちには、割ともてていただろうけど)

それでも突然のこの事態は、どう見たって尋常でないとしかいいようがない。

「ことの真相を知りたいですか、アリーナ様」

その時、矢のようにどこからか投げられた言葉に、わたしは無意識に頷いた。

「ええ、もちろんよ」

「もしもそれによって貴方様が、ひどく傷つくことになったとしても?」

「構わないわ」

わたしは断固として言った。

「突然こんな騒ぎになった理由をどうしても知りたいし、それに心はともかく、身体のほうはちょっとやそっとでは傷つかないくらい鍛えてるもの……って、えっ?!」

わたしはぎょっとした。

いつのまにかわたしの隣に、同じようにうずくまって木の幹に隠れる人の姿がある。

「カーラ!?」

「しいっ、お静かに」

カーラは人差し指を立てて唇にあてた。

「城内での勤務中に、こっそり抜け出して参りました。誰にも見つかるわけにはいかないのです」

「ど、どうして」

母のないわたしの世話役として、幼い頃から付きっきりで面倒を見て来た古参の待女カーラは、まるで斥候のように辺りを油断なくうかがいながら言った。

「このまま放っておけば、アリーナ様があの娘たちをひとり残らず拳で黙らせてしまうのではないかと心配で、このカーラ、矢も盾もたまらず」

「あ、あのねえ……いくらわたしでもさすがにそれはないわよ」

「いいえ、わかりませんわ」

カーラは恐ろしく真剣な顔で首を振った。

「もし次にクリフト様が出てこられて、気が高ぶった娘のひとりが抱きつきでもしようものなら、飛びかかってその間に割り込み、逆上した獣のように暴れ回らぬと絶対に言いきれますか。姫様」

「……」

悔しいくらい、とっさに言葉を返せない自分。

額に汗が浮かぶ。

逆上した獣は言い過ぎだとしても、もし目の前でクリフトがこんな若い娘に抱きつかれたりしたら、わたしはその様子を黙って見ていられるだろうか?

(自信なし、だわ!あまりにも自信なし……)

うなだれたわたしに、カーラは何故か誇らしげに胸を反らしてみせた。

「ほらごらんなさい。アリーナ様のご気性については、カーラがいちばんよく存じ上げているのですから」

「あ、ありがと」

わたしは気を取り直して、カーラに尋ねた。

「それよりもさっき言ってたことの真相とやらを、早く教えてちょうだい。

どうしてなの。どうしてクリフトのところに、あんなに女の子たちが群がっているというの」

「詩人ですわ」

跳ね返って来たひとことの意味が一瞬わからず、わたしはきょとんと目を見開いた。

「シジン?」

「吟遊詩人。サランのマローニが酒場で、毎晩歌っているのです。クリフト様の絵姿まで配りながら。

勇者を助け姫を守った英雄である神の子供が、今早急に愛する伴侶を求めていると。

熱烈に追いかけ回して来るアリーナ姫からなんとか逃れ、誠実でつつましやかな娘を花嫁にするために」
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