初夜
~初夜~
―――Sideアリーナ
きゃー、きゃー、きゃー。
その日、まだ朝だというのに教会前で起こっていた騒ぎに、わたしは唖然とし思わず手にしたオカリナを落とした。
降り注ぐ春の朝日。
大地は金色にふちどられ、雲は形良くちぎれて今日の快晴を約束していたが、夜のあいだに降った雨の名残で、まだ地面も草も踏めばじゅっと音を立てるほど水気を含んでいる。
(いけない、クリフトに返さなきゃいけないのに汚れちゃうわ)
慌ててしゃがみ込んで拾うが、時すでに遅し。
ウグイス色の小さな楽器は、あえなく泥まみれだ。
身に着けている絹のローブに濡れたオカリナをこすりつけて汚れを拭うと、わたしは目をしばたたかせて、もう一度その光景をまじまじと眺めた。
黄色い声と言うのは、まさしくこういうものを差すのだろう。
石造りの古い教会の、イチイガシで出来た大きな扉。今にもこじ開けんばかりの勢いで波のようにたくさんの人が押し寄せ、口々に何か叫んでいる。
しかも奇妙なことにそれはみんな、若い女なのだ。
視線に気づいたように、その中の一人が不意にこちらを振り返ったので、わたしは慌ててそばにあったスモモの木の陰に隠れた。
(な、なんでわたしが隠れなきゃならないのよ!)
訳も解らないまま、不本意な行動を取った悔しさに歯がみする。
こそこそ隠れるとか、控え目に後ろへ下がるなんて言葉は、わたしの辞書にはこれっぽっちも存在しないというのに。
幸い女性はわたしに気付かず、すぐにまた前方へと向き直った。
わたしはほっと息をついた。
(一体、なんだっていうの)
朝から教会にあんなに人が、しかも若い女ばかりが集まるなんて。
信仰家の商人が、宝石の叩き売りでもするんだろうか?と思ったその時、ギイイと古めかしい音を立てて、唐突に扉が開かれた。
女達の嬌声が、いっそう熱を帯びて高まる。 わたしはぎょっとした。
よく耳を傾けてみると、なんとみんな声を揃えて、「クリフト様ぁー!!」と叫んでいるではないか。
「ち……ちょっと、あの」
激しい歓声の中、困惑しきった顔で扉のすきまから姿を現したのはまぎれもなく、
クリフト。
二年近くにも及ぶ長い旅の間、忠実にわたしに仕えて来た、まだ若い蒼い目の神官だった。