ドラクエ字書きさんに100のお題
65、封じる
未だ双方、剣を抜いていないというのに、対峙するだけでわかる。
互いに直立不動。
だが、既に戦わずして全ての攻撃を封じられている。
勇者と呼ばれる弱冠17歳の少年は、微動だにせず眼前の王宮戦士ライアンをにらみ続けた。
他に手が思いつかない。いや、まず視線を逸らせないのだ。少しでも彼が瞳をずらせば、そのとたん瞬時にして戦士の大剣が鞘から引き抜かれ、虎が吠えるごとき勢いで頭上にどっかと振り下ろされるだろう。
剣技も敏捷さもつゆほども負ける気はしなかったが、互いの肩幅ふたつぶんほどしか離れていないこの距離で、渾身の振り下ろしを避けきれるとはとうてい思えなかった。
かといって、自らの剣の刃で戦士の一撃をもし受け止めたとしても、今装備している鉄の剣ではその勢いをとても殺せない。
おそらく剣はまっぷたつに折れ、そのすきに半身をのけぞらせても、速度を保ったまま下ろされた刃の切っ先が、地に着いた右足を切り裂くのは明白だった。
(……くそ)
少年のこめかみにつめたい汗が流れた。
(なんだ、こいつは)
「勇者」である自分のことをずっと探していたという、隆々と逞しい体躯を緋色の鎧兜で包んだ、バドランド出身のライアンと名乗るひげ面の男。
まだ出会ったばかりだというのに、やたらと馴れ馴れしく「剣の相手を願いたい、勇者殿」と声をかけて来ては、毎日のように手合わせを申し入れて来る。
通常、手合わせであればある程度の距離を保ち、木剣もしくは片刃の剣で行うものだが、ライアンは「真剣にて頼もう」と魔物との戦いで使用する鋼の大剣を持ち出してきた。
そのくせ、抜き身にすらせず、鞘に納めたままはったと向かい合う。
射すくめる如き荒鷲の眼光。
仁王立ちで、少年がじりじりと構える動作をひとつずつ焼き付けるかのように凝視する。
測っているのだ。
「今の」俺の強さが、一体どの程度のものか。
勇者と呼ばれる少年の喉元に、苦い胃液のような強烈な屈辱感がせり上がった。
(馬鹿にするなよ)
お前みてーな年食ったおっさんの、世の中のことはなんでも知ってるってしたり顔が、俺は大っ嫌いなんだ。
ああ、俺はなにも知らない。
うっそうと生い茂った森に囲まれた狭い村の外に、これまで一度も出たことがなかった。
拙者、祖国バドランドより来たる……なんて名乗られても、そんな国
「俺は知らないんだ……、っよ!」
少年は目線を逸らさぬまま、突如身をかがませてライアンの懐に飛び込んだ。
予測していたのか、ライアンは剣を抜かずに両の剛腕を突き出し、少年のむきだしの首を正面からはっしとつかむ。
力づくでぎりりと締め上げられて、勇者と呼ばれる少年の顔がみるみる苦悶に歪んだ。耳まで真っ赤に染まったかと思うと、だが唇がかすかに動き、その瞬間少年の姿がライアンの手中からかき消えた。
虚を突かれたライアンが、とっさに空になった腕を振り上げる。
ほぼ同時に、勇者の少年が上空からハヤブサのような素早さで左足を蹴り下ろしたが、縄のような筋肉の盛り上がる腕に荒々しくなぎ払われ、地面にどうとまろび落ちた。
「……ルーラで瞬間移動とは、なかなかの機知だな」
ライアンが助け起こそうと手を伸ばした。
「だが、遅い。
もしも相手が拙者以上の剛力の魔物ならば、呪文を唱えるより先にとうに首をへし折られていたであろう。
おぬしの策は、己れの力を過信するがゆえの無謀……」
言いかけて、不意に体をぐらりと揺らし、驚いたようにがくりと膝をつく。
「……な……?!」
「唱えたのは、ルーラだけじゃないぜ」
口の中に混じりこんだ砂をぷっと吐き出して、勇者の少年は立ち上がった。
左手には既に抜き身の剣が握られ、鋭い切っ先がライアンの顎下に向けられている。
「同時に、ラリホーマもかかってる。眠くてどうにも動けないあんたの喉首を、俺がかっ切るのが先だ。
どうやら過信ゆえの無謀は、あんたのほうみたいだな。おっさん」
片方の唇を持ち上げて、さも皮肉っぽくほほえむ様子は輝くように美しく、そして無邪気すぎるほどの自信にあふれていた。
まだうら若さの漂う勇者の少年の勝ち誇った表情を、ライアンは面白そうに見上げた。
「なるほど。剣と魔法の二刀流とは。しかも、どちらも巧みに操る生粋の魔法剣士というわけだ。
金の使い方すらろくにわからぬ世間知らずの若造とて、ひと通りの戦術は身に着けているというわけだな」
「う、うるさい!」
「よかろう。三日後に、もう一度手合わせを願いたい。
その時はおぬしのその猪口才(ちょこざい)な二刀流戦法を、見事封じてやろう。心してかかって来い」
「やれるもんならやってみろ」
勇者の少年は嘲笑った。
「俺はもう、誰にも負けやしない。誰よりも強くなる。なにものにも負けることのない、世界で一番強い剣士になると決めた。
当然、あんたよりもだ」
「それでこそ拙者の求め続けた、唯一無二の天空の勇者殿である」
ライアンは満足げに頷いた。
「鼻っ柱が強いほど、鍛え甲斐もあろうというもの。だが拙者とて多少の年月をかけて鍛錬を積んで参った身。
はたちにもならぬ田舎者の小僧に、そう簡単にやられはせぬぞ」
「上等だ」
互いにそこで黙り込み、ふたりはもう一度正面からにらみ合った。
直立不動。おそらくこれから、旅の目的を果たすまで何百度と繰り返すであろう、勇者と戦士、ふたりの男の対峙。
「はいはーい!そこのおふたりさん。そのへんにしておいて、そろそろお昼ごはんにするわよ。
ところで、昨日まであった保存用の堅焼きパンが全然足りないんだけど、どういうこと?勝手に食べたのはどっちなのかしら?」
声をかけられた瞬間、心当たりがあるのかふたりは同じタイミングでぎくりとした。
はっとして見つめ合うと、同じ間合いで「知らん」と呟いて、唇をゆがませて笑いをこらえるように目を逸らした。
―FIN―