ドラクエ字書きさんに100のお題



57・2年目


経過したその月日が長いのか、それとも短いのか、ライアンに推し量ることは出来なかった。

過ぎ去った歳月と己れの成長は必ずしも比例しない。

無為に過ごした1年と濃密に凝縮された3日とでは天と地ほどの隔たりがあろうし、たとえ10年過ぎようが20年過ぎようが、外見のみ年を取るだけで中身の全く変わらない人間だって、この世のどこかにはいるかもしれないのだ。

「よう、ライアン。王宮戦士になってもう2年目か。どうだ、仕事には慣れたかい」

「未だ、なんとも」

「さっさと昇進して階級職に就きたいよな。知ってるか。兵士長以上の位の人間はみな、月の勤務に5割の追加手当がつくんだとさ。いつまでも無階級の一兵卒扱いじゃ、満足行く給金ももらえやしないぜ。

……な、ライアン。俺、次の春には嫁を貰いたいと思ってるんだ」

「それはめでたい。ぜひとも祝杯を上げねばな」

「だから今度の北の峠の山賊討伐、志願するつもりでいる」

「……」

「なんだよ、そんな顔して」

「荒くれの多い山賊退治はかなり危険だと聞く。なにも婚礼前に命懸けの任務に身を投じることはあるまい」

「嫁さんに綺麗なドレスを着せてやりたいんだ。ドレスに合わせた宝石も買って、盛大なパーティーを開きたい。今のままじゃどうしても金が足りないんだよ。

山賊どもをぶっ倒して、報奨金が欲しいんだ」

「いくらあればいいのだ。拙者は不調法な独身者ゆえ、金も差し迫って必要ではない。少しなら、力になれるやもしれぬぞ」

「馬鹿野郎、借りた金で結婚式が挙げられるかよ。俺は俺自身の手で稼いだ金で嫁さんを迎えたいんだ。

王宮戦士のはしくれとして、己れには愛する者を守る力があると確かめたいのさ」

ま、そんなわけでちょちょいっと行って来るからな。

戻ったら土産話を肴にまた美味い酒でも飲もうぜ、ライアン。

ほとんど同じ時期に入隊した戦士仲間はそう言い残したきり、二度と帰って来ることはなかった。

王宮での追悼儀式で空っぽの棺に取りついて涙にくれるライアンの肩を、上司の大隊長が抱いて言った。

「ライアン、お前はまだ2年目だ。自分で決めるがいい。ここでならまだ、引き返せるぞ。

それが出来ぬというなら、たった今この場で脳天の髄まで叩きこんでおけ。我れらが就いているのは、いつなりとも理不尽に友を失う仕事だということを」

ライアンは誰もいなくなった真っ暗な聖堂で、空の棺にしがみついたままいつまでも、いつまでも泣き続けた。

それが友を喪った最初の記憶だ。王宮戦士となって2年目のこと。

上司の告げたとおり、理不尽な歴史はその後も幾度ととなく繰り返され、悲しみは多すぎて読みきれない書物のように吟味もせぬままうず高く積み上げられ、やがていつ、誰がどこで失われたのかすらはっきりとは思い出せなくなった。

心は膜に包まれたように麻痺し、涙も流さなくなった。そうでもしないとやりきれないといつしか学んだ。

同じ運命が己れの身に降りかかるのは今日か、また明日かもしれぬ。涅槃の向こうで格好悪いぞと友が笑っているだろう。大の男丈夫がむやみやたらと泣くべきではない。

あるじのおらぬ墓石に白い花を手向けながら、呟いた。

どうだ、そっちは。相変わらずせっせと働いているのか。もう給金の心配をする必要はない。美味い酒でも用意して、もう少し待っていてくれ。

拙者が行くのもそう遠くはないと思うが、今はまだこちらで片付けたいことがあるのでな。

それから経過した月日が長いのか、それとも短いのか、推し量ることは出来ない。過ぎ去った歳月と己れの成長は必ずしも比例しないからだ。

だが、ライアンは今日も剣を携え鎧をまとい、王宮戦士としてここにいる。この場所にたどり着くまでにかかった年月を無為にしないため、理不尽に友を失わない世界を作るため生き抜くと、2年目のあのとき空の棺を抱きしめながら心に誓った。

「よう、ライアン。王宮戦士になってもう何年目だ?どうだ、仕事には慣れたかい」

今も誰かに問われると、こう答える。慣れることなど永遠にありはしないのだ。きっとずっと、こう答え続けるだろう。己れが戦士である限り。

「未だ、なんとも」



―FIN―


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