ドラクエ字書きさんに100のお題



54・性分


「そばにいたいよ」

水のせせらぎのように、止まることなく流れる時間を惜しむ、恋人たちの甘やかなひとときの逢瀬。

扉を背にした別れ際、アリーナが珍しくすがるように言ったので、クリフトは戸惑いながら微笑み返した。

「おそばにいますよ、いつも」

「でも、お前はこうして何時間かだけ一緒にすごしたら、必ず教会に帰ってしまうじゃない」

「それは……、まだわたしの住まいはあちらですから」

「一体いつになったら神官を辞めて、お城へ引っ越して来て、王様になって、……わ」

アリーナは赤くなった。

「わ、わたしの旦那様になってくれるっていうの?」

「そうなるにはまだ、かなりの時間がかかるでしょう」

クリフトは穏やかに言った。

「身分の低い一介の聖職者が還俗(げんぞく)し、そのうえ王女殿下との婚姻を機に恐れ多くも新王として即位するなど、このサントハイム王朝の長い歴史始まって以来のこと。

さまざまな手続きと儀式、諸外国への通達、また帝王学の厳しい教育期間を経たうえで、ようやく現実となるための一歩を踏み出すのです。恐らくこれから一年以上は」

「一年!」

アリーナは気が遠くなるような顔をした。

「そんなに待っていたらわたし、皺だらけのおばあちゃんになっちゃうわ」

「姫様も、ただじっとお待ち頂く暇(いとま)はありませんよ」

クリフトは長身を屈め、優しくアリーナの瞳を覗き込んだ。

「これから姫様は民間から突然王室入りする、無知で愚鈍なわたしのような者のお妃となるのです。

わたしは王としての威厳ある振る舞いも、王族の礼儀作法もなにも知りません。姫様にぜひご教授いただかなければ」

「そんなの簡単よ」

アリーナは得意げに鼻を鳴らした。

「王族なんてものはね、玉座に深く腰掛けて、顎をこころもち上げて、何を言われても「サヨウカ」って頷いておけばいいの。

どうすればいいのかわからない時は、「ヨキニハカラエ」。帰って欲しい時は「タイギデアッタ。サガレ」よ。この三つが言えればたいていのことは切り抜けられるわ。

あ、あとは威厳を出したかったら、髪を巻いて髭を生やすのもいいわね。でもクリフト、巻き髪も髭も似合わないと思うけど……わたしも髭を生やしたクリフトはちょっと……うーん、そうだわ。公務の時にだけかつらとつけ髭をつけるってのはどうかしら?」

クリフトは黙って聞いていたが、ついにこらえきれず笑い出した。

「かつらと髭はともかく、その三つならばわたしでもなんとかなりそうですね」

「そうよ。なんとかなるわよ。案ずるより生むが易しって言うでしょ。やってみれば意外となんだって出来るものなのよ」

「姫様の力強いお言葉を聞いていると、心に浮かんだ不安が消えてゆくような気がします」

「お前は心配性過ぎるのよ。従者としてはともかく、王様としてはその性分は直すべきだわ」

アリーナは丸めた握りこぶしを突き出し、クリフトの胸をとん、と軽く叩いた。

「不安も心配も全部どこかへうっちゃって、おもいっきり幸せになりましょ。わたしとクリフト、ふたりならなにがあっても乗り越えてゆけるわ。

待たなければならないのなら、五年でも十年でも待てる。だけど、出来るだけ早くしてね」

そうしないとわたし、本当におばあちゃんになっちゃうわよ、と唇を尖らせるアリーナをそっと抱きしめて、クリフトは目を閉じた。

不思議だ。

これまで積み上げたすべてを捨てて、新しい人生を生きることへの身がすくみそうな不安も、貴女がいればわくわくするような未来への希望に変わる。

心配性なわたしをこんなにも愛してくれる、貴女は欲しい幸福を全部手に入れてしまうとても贅沢な性分だ。

「やっぱり今夜は、このまま朝までおそばにいたい」

クリフトがささやくと、アリーナの頬がぽっと赤くなった。

「いいの?」

「かまいません」

「だったら最初からそう言ってくれればいいのに。まどろっこしいわ」

クリフトも顔を赤くした。

「その……、とっさには融通が効かない性分なのです」

「お前ったら、ずいぶん面倒くさい王様になりそうね。クリフト」

ふたりは顔を見合わせてくすくすと笑った。

一度閉めた扉がもう一度開かれ、また閉じる。繋いだ手は暁の光が部屋に満ちるまで離れることはないだろう。

クリフトはアリーナに唇を寄せながらささやいた。

さあ、朝が来る前に急いでわたしのものになって下さい。眩しすぎる幸せに目がくらんでしまいそうだから、瞳を閉じて、ふたりだけの秘密の暗がりの中に身をひそめてしまいましょう。

アリーナ様、わたしの太陽。どんなことが起きようとも輝きを変えない。

貴女といると、わたしの未来はいつもきらめく。



―FIN―


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