ドラクエ字書きさんに100のお題



46・必殺技をよけられた


身をねじり、渾身の力を込めて繰り出した拳は、目の前に立ちふさがる魔物にあっけなくよけられてしまった。

アリーナはその瞬間、頭が真っ白になった。絶対の自信をもっている必殺技を、まさかよけられるとは。これで片をつけるつもりでいたから、次の一手などまったく考えていない。

紅い目を光らせた魔物がにわかにほくそ笑み、洞窟のように巨大な口を開けて獰猛な牙をむき出しにする。

俊敏さを保つため装備品をほとんどつけないアリーナの、柔らかい頭がぱくりと飲み込まれ、熟れた果実に歯を立てるようにためらいなく噛み裂かれる。

……と思いきや、まっぷたつに割れたのは彼女ではなく、魔物の方だった。

「ライアン!」

「下がれ!姫よ」

燃え盛る炎のような鮮やかな緋色の甲冑に身を包んだ王宮戦士は、すさまじい勢いで研ぎ澄まされた白刃を振り下ろし、喉も枯れよとおめいた。

「なんと無様な。今のおぬしは隙だらけだ。これが、まこと武術大会優勝者の手並みか」

「ご……、ごめんなさい」

「己の力を過信するのはいい加減やめにするがいい。次は死ぬぞ」

「過信なんかしていないわ」

アリーナはむっとして怒鳴り返した。

「わたしはただ、必殺技を……」

「必殺。どこが必殺だ。拙者が間に入らねば、たったいま魍魎(もうりょう)が殺(しい)し奉るは姫君、おぬしの方であったというのに。繰り出し手が必ず死ぬのが必殺技か」

嫌味な冗談かと思ったが、ライアンは少しも笑っていなかった。

「よいか、姫。おぬしの卓越した素早さ、柔軟さは世界でも五本の指に入る。だがあまりにそればかりに頼りすぎるのだ。

今のようにかぶりの大きい先制攻撃をかわされるともう後がない。体ごと全力で踏み込む故に、相手の反撃をよけることが出来ぬ。己れの一撃を盲信しすぎるあまり、次手の繰り出しを完全に失念している。

猪突猛進という言葉があるが、あれはまさに姫のためにある言葉だ。今のおぬしは鼻息の荒すぎる愚直な女イノシシに過ぎぬ。

悔しいか。悔しければ反論してみられよ。なにも言い返せぬはずだ。なぜなら、全て事実なのだからな」

アリーナは体をこわばらせて聞いていたが、やがてぶるぶると肩を震わせ、だっと駆けていってしまった。

「アリーナさ……!」

「追いかけてはならぬ。クリフト殿」

ライアンに鋭く制され、クリフトはぐっと踏みとどまった。

「これは姫自身が解決する問題だ」

「し、しかし……、いくらライアン殿とはいえ、サントハイムの第一王位継承権者たるアリーナ様に対し、あまりにお言葉が過ぎませんか」

「ならば貴殿はこのままあの自惚れた姫君を蝶よ花よともてはやし、戦場にて無惨に散るのを黙って見届けるほうがよいとおっしゃるか、クリフト殿。

王位継承権者であろうが獄中の囚人であろうが、そんな肩書は襲い来る魔物には糞の役にも立たぬ。聡明な貴殿ならそのくらいご存知かと思ったが、違ったか」

クリフトは顔を赤らめて唇を噛んだ。

「……しかし」

「仲間内にはそれぞれ役目というものがあろう」

ライアンは口髭の奥で莞爾とほほえんだ。

「貴殿は愛する姫御前をとことん守り助け、傷を癒し、温かな励ましでくるんでやればよい。だが拙者の役目は違う。

拙者は戦士だ。それなりに年も重ねている。若さゆえの未熟を鍛え、打ち、研ぐ。剣たりうる者、拳たりうる者の砥石となるべき役目を持って任じている。

案ずることはない。あの姫はこの程度で折れてしまうような器の持ち主ではない。彼女が思慮深さと機知を手に入れた時、それはこの世で最強の武術家の誕生する時だ。

その時は、もはや拙者も到底かなうまい。勇者殿とてそう簡単に勝てる相手ではなくなるだろう。彼女から常に勝利をもぎ取ることが出来るのはクリフト殿、おぬしだけとなるのだ」

クリフトは困惑の表情を浮かべた。

「わたしが?なぜ……」

「どんなに鍛え抜いた強さも勇ましさも、無償の愛には決して太刀打ち出来ぬということさ」

ライアンは片目をつぶった。

「それが貴殿の必殺技だ。絶えずそれを繰り出し続ければよい。拙者が姫を辛辣な言葉で鍛えることが出来るのも、貴殿という揺るぎない癒しがあるからこそなのだぞ、クリフト殿」

「は、はあ……。ありがとうございます」

なにを言われているのかよくわからぬままにクリフトは頭を下げると、アリーナ姫が走り去って行った方向を心配げに見やった。

「姫様は、大丈夫でしょうか」

「彼女とて、若いながら心技体揃う一流の武術家だ。信頼してやれ」

ライアンは片手に握っていたままの大剣を、まるで舞うような動作で腰の鞘に落とし込んだ。

「拙者とて、これまで幾千度も必殺技をよけられた。

そのたび悔しさに歯を食いしばり、一からまた鍛え直して来たのだ」

ではな、と軽く手を振り上げて歩き去ってゆく王宮戦士の背中を、クリフトは黙って見つめていたが、やがてなにかを決意したようにきゅっと頬の内側を噛んだ。

踵を返して法衣の裾をからげ、一歩一歩あるきだす。歩みは徐々に小走りになり、あっというまに全速力になった。

姫様を、もちろん信頼している。でも、どうしても放っておくことは出来ない。

きっと今頃彼女は拳を握りしめ、砂漠の雨みたいな涙を流しているだろう。わたしはそんな彼女を、ひとりきりにするなんて絶対に出来ないんだ。

不器用で格好悪い。でも、これがわたしの必殺技。

クリフトは息を切らしながら走った。すると遠くの森の葉むらの奥に、空を切り取ったような青い三角帽子がちらりと覗いた。

まぶたの上の長いひさしが邪魔でよく見えない。クリフトは頭にかぶった神官帽を引っ張るようにして外し、小脇に抱えて必死に走り続けながら、喉を絞って「姫様ぁ!」と叫んだ。

その声を待ち望んでいたかのように、青い三角帽子がはっとこちらを向いた。



―FIN―



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