ドラクエ字書きさんに100のお題
40・名付け親
珍しい名前だと、どこに行っても言われる。
遠い異国の花の名のような、古い魔法の聖句のような、とても美しい名前だと。
その一風変わった響きの名前は、幼いころから彼の誇りであり、また自分が自分であるというたしかな存在証明でもあった。
故郷の家族、村人たち、あるただひとりを除いて自分を取り囲む全ての人間に、こっそりと陰で「ユーシャ」と呼ばれているのを知っていたから。
ユーシャなんて呼ばれるのは、いやだ
俺の名前はユーシャじゃない
そう口にする代わりに、彼はむきになって胸を張り、翡翠色の瞳でまっすぐ前を見つめながら言った。
「俺の名前は、
…………、だ。他にはない」
そうだろ?
そうだよな。
言ってからなぜか不安になって、彼は母親と父親を急いで振り返った。
だが、名付け親であるはずのふたりは力強く頷くこともなく、どこか寂しげなつかみどころのない表情を浮かべて、目顔でそっとほほえむだけだった。
それから彼は、年を重ねて成長した。子供と大人のはざまでもがくように生き、たくさんのものを得、それ以上にたくさんのものを失った。
広い世界へ飛び出した。自分の背中には、片方だけ翼が生えていることを知った。それは羽ばたくことももぎ取ることも出来ずに、今も暗く赤いひとつ目を光らせて彼の後ろでじっと身をひそめている。
勇者なんて呼ばれるのは、いやだ
俺の名前は、勇者じゃない
俺の名前は
俺の名前は……
短い名前は重すぎる称号にたやすく押しつぶされてしまう。
世界中でただひとり、自分にだけ与えられたそのふたつのうち、彼にとって大切なものはいつも決まっていた。それを素直にいとおしみたかっただけなのに。
彼は今も時折、空を見上げながら自らの名前を口ずさむ。異国の花の名のように。古い魔法の聖句のように。どんなに欲しくても決して手の届かない、蜃気楼の向こう側にあやまって落としてしまった宝石のように。
いつか、聞くことが出来るだろうか。抜けるような青と白い雲。そのてっぺんの高い高い城の中にいる、泣いてばかりのか弱げでうつくしい人に。
あなたが、俺の名付け親ですか?
いつか、目を見て言えるだろうか。あつらえたようによく似た翡翠色の瞳。四六時中泣き濡れているその哀しげな瞳を、まっすぐに見つめながら。
この名をつけてくれてありがとう。
俺はこの名前が好きです……、と。
―FIN―