ドラクエ字書きさんに100のお題



38・ただ者じゃない


ただ者じゃない。

ひと目見て、そう感じた。それは神話の絵画から抜け出て来たような、彼の並外れた美貌のせいではない。

全身から発せられる威圧の気。無造作に見えて、じつは一分の隙もない立ち姿。そして、割れた硝子の破片のような、何者をも寄せつけない鋭くとがったまなざし。

恐らく年齢が近いであろう、その若く美しい少年と視線があった瞬間、足元から寒気が這い上がってきて、アリーナは反射的にぶるっと身をすくめた。

なんだろう?この気持ちは。

武術家の勘だろうか。たったいま初めて会ったのに、わかるのだ。彼はわたしの運命を担う人。

いえ、わたしだけじゃない。この世界の運命そのものを握る人だ。世界を変える嵐の息吹を、たましいの中に眠らせている。

そして、とても危険だ。いかなる理由があったのか、彼のたましいは今壊れかけている。嵐を封じている堤防は、決壊寸前のぎりぎりでなんとか持ちこたえている。早く誰かが寄り添って、堤防に手を添えてやらなければ。

「もう大丈夫。あなたはひとりじゃない。わたしたちがついているよ」と励ましてやらなければ。

「こんにちは」

わけのわからぬ焦燥に襲われ、なにか言わなければとアリーナが口を開きかけたその時、少年の背後からふたりの女性が顔を出した。

褐色の肌に長い髪。目鼻立ちのはっきりした、こちらもとても美しい女性たちだ。姉妹なのだろうか、雰囲気がよく似通っている。

なんだ、彼にはもう仲間がいるのだ。なぜか落胆しながら、アリーナは仕方なく笑って「こんにちは」と答えた。

「あなたたちもパデキアの種を探しているの?残念だけど、先に頂くのはわたしよ」

「……」

「だから、この場を譲ることはできないわ。ごめんなさい。お互い頑張りましょう」

緑色の鋭い瞳をした少年は、ひとことも喋らずアリーナを見つめていたが、やがて興味を失ったようにつと目を逸らした。

アリーナの胸に、かっと怒りがこみ上げた。だが彼の横からもうひとり、今度は丸太のような恰幅のいい男が現れ、「さあ、我々は我々で急ぎましょうか」と促したので、それ以上彼らと言葉を交わすことは出来なかった。

不思議な少年とふたりの女性、そして大柄な男は洞窟の奥へと去って行った。

アリーナはその後ろ姿からしばらく目を離せなかった。あの人たちに、ついて行きたい。そして、あの愛想もそっけもない、腹の立つ少年を助けたい。どうにも抑えきれない衝動だった。

なぜこんなふうに思うのだろう。これが武術家の勘だとしたら、そこには一体どんな意味があるのだろう。

今わたしがやるべきなのは、病に倒れたクリフトを救うことだというのに。どうしてだろうか、そのふたつは点と線で繋がっているような気さえする。

「さあ、雇い主さん、わたしたちも行こう」

アリーナは振り返った。街で金をはたいて雇った流しの傭兵が、三人並んでこちらを見ている。

凡庸さ丸出しの、垢ぬけない戦士たち。さっきの美しい少年からにじみ出ていた威圧的な気品のかけらもない。

こんなふうに思うのは失礼だとわかっていたが、失望が心に広がるのを抑えることは出来なかった。アリーナは頬の内側を噛みしめた。わたしの本当の仲間は、この人たちじゃない。この人たちとでは、パデキアの種を見つけることは出来ないだろう。

なぜならそこに、運命を感じられないからだ。物事が動く時、そこには必ず良かれ悪しかれ神の計らいが働いている。わたしとこの人たちのあいだには、それがない。

だったらあの人たちとのあいだには、あるのだろうか?黙してなにも語ろうとしなかった、あの緑色の目の謎の少年。

彼の声を、言葉を、この耳で聞いてみたい。冷たい表情が喜怒哀楽で彩られるのを見てみたい。

アリーナは意を決し、洞窟の出口に向かって駆け出した。置き去りにされた傭兵たちが驚いて何かを叫んでいたが、もう振り向きもしなかった。

逃げ出すのでも、諦めるのでもない。自らの運命をつかまえに行くのだ。クリフトのところへ戻ろう。目的を達成出来ていないというのに、どうしてか悲観的な思いはまるでなかった。

これも武術家の勘なのか。強い確信が胸を満たしている。クリフトは助かる。あの人たちともまた逢える。それもきっと、すぐに。

わかるのだ。だってこのわたしも、ただ者じゃないんだもの。




―FIN―


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