ドラクエ字書きさんに100のお題
37・有無を言わさず
ある日のこと。
「ピサロ様、アリーナさんとクリフトさんが、一緒にモンバーバラの街にマーニャさんの舞台を見に行かないかと誘って下さったのですが……」
「お前が行きたいのならば、行ってくればよい」
またある日のこと。
「ピサロ様、トルネコさんが新しい絨毯をお見立てして下さるそうなのですが、お色は赤、青どちらがいいかと……」
「どちらでもよい。お前の好きな方を選べ」
そしてまた、ある日。
「ピサロ様、お客様用にケーキを焼こうと思っていますが、間に挟むクリームはバターとミルク、どちらが……」
「どちらでも、お前の好きにすればよいではないか」
目もあやな銀髪に紫眼、月の女神も青ざめる美貌の魔王ピサロは、切れ長の瞳をくもらせてため息をついた。
「ロザリー」
「はい」
「そなたの一挙手一動足、一から十までわたしに尋ねる必要はない。
お前はもう、籠の中の鳥ではないのだ。どこへ行くか、何を選ぶか、全て己れの自由に振る舞う権利がある。
いや、これまでもそうすべきだったのだ。それを長いあいだ奪っていたわたしの罪咎(つみとが)は大きい。
お前にわたしの意見ばかり窺う癖がついてしまったのは、我が責任なのだろうな」
「も、申し訳ありません」
「謝る必要もない」
ピサロは薄くほほえみを浮かべると、そっとロザリーを抱きしめた。
「ロザリー」
「はい」
「忘れるな。お前はいつなんときも自由だ。これからは、お前が望むことをのみ選べばよい。やりたいようにし、行きたいところへ行き、好きに生きろ。お前という存在は風のように自由だ。
わたしと共にいる自由もあるが、わたしのもとから去る自由もお前にはある」
ロザリーは目を見開き、何かを言い返そうとしたが、その唇はピサロの唇にふさがれた。
「……あ」
「無論、わたしに愛される自由も」
ささやきとは裏腹な強引さを放つ腕。
「お前が選べ、ロザリー」
なよやかな腰を引き寄せられると、はかない抵抗はなんの役にも立たず、か弱い花はいともたやすく押し開かれる。
自由を与えると言っておきながら、ロザリーには少しも抗う自由はない。まるで大きな波に有無を言わさず飲まれる小魚だ。
ここにいると、波の力が強すぎて好きな方向に泳げない。体の向きを変えることすら出来ない。
けれど勇気を振り絞って身を投げ打ち、広大な砂浜に飛びだしたとして、小魚はどうなる?
乾いて、のたうって、やがて死んでしまう。
わたしは波の中でしか生きられないのだ。この世界にたったひとつの荒ぶる波と共に生きることを、みずから選んでいるのだ。
束縛されるという自由を。
「……ピサロ様」
一刻ののち、しなやかな腕に包まれる静寂の中で、ロザリーはとろとろと呟いた。
「このまま……少し眠ってもいいでしょうか。とても眠くなってしまって……。
それとも、起きてお茶のご用意を」
「どちらでも、好きにしろ」
ピサロの声がふっと苦笑をはらんだ。
「お前の自由だ」
……じゃあ、少しだけ……おやすみなさい、ピサロ様。
ロザリーは目を閉じた。
すると、閉じた瞼の下で広がるまどろみの絨毯に、自らの重みに耐えかねたしずくのように、ひそやかな言葉がぽつりと落ちて来た。
それは聞こえるか、聞こえないかのかすかな呟き。
そばに いてくれ
ロザリー
いかないでくれ
どこにも
さざ波が引き、海が一瞬だけ鎮まる。けれど月の引力がとても強いから、凪の時間はごく短い。
ロザリーはほほえみながら、すうすうと寝息を立て始めた。
波の間に間に、夢の水泡が広がってゆく。そこから先は彼さえも追いつくことが出来ない、どこまでもまっさらで自由な彼女の世界。
―FIN―