ドラクエ字書きさんに100のお題




36・毒の沼地に入った感想


瞬間、びりびりっと足先から脳天まで激痛が突き抜けた。

例えばこれが雲の上だったとして、そのへんに落ちている雷の塊をおもいきり踏みつけてしまったとしたら、このような感じだろうか。

クリフトは喉元までこみ上げた呻き声を、聖職者として鍛え抜いた忍耐力でどうにかこらえた。

どれほど苦痛であろうとも、悲鳴などあげるわけにはいかなかった。この沼地を越えなければ、目的地である魔物の城へたどり着くことは出来ない。

邪悪なる魔族に関わる、この世界中すべての場所をめぐり、必ずや見つけるのだ。消えたサントハイムの民を探し出す手掛かり。煙に隠れるようにいなくなった、偉大なる国王陛下。いとしいお方の御父君。

幼い頃に母親を亡くし、今度は父親も失ってしまうかもしれない彼女の心中を思えば、このような痛み、針で刺したほどもつらくなかった。体の苦しみなど、いっときのものだ。心の苦しみに比べれば。

だが、やはり痛いものは痛かった。

頬がこわばり、体に自然と力がこもるのに気づいたのか、背中越しに不安そうな声が降って来た。

「大丈夫?クリフト」

「なにがですか?」

精いっぱい平静を装ったが、痛みに言葉尻がうわずる。

「足、すごくつらそうだわ。やっぱり、わたし降りる」

「駄目です」

背中の上の彼女が体をよじろうとしたので、クリフトはぴしりと言った。

「向こう岸まであと少しです。お願いですから、じっとなさって下さい。今、お動きになられると、余計邪魔です」

「でも」

「わたしはライアンさんや勇者様のように、抜きん出た腕力の持ち主ではありません。じっとして下さらないと途中で力尽きて、貴方様を沼地の真ん中に頭から放り出してしまうかもしれませんよ。

猛毒入りとはいえ、沼は沼。得体の知れぬ生き物が大量に潜んでいることでしょう。

うねうねと髭の長い巨大ナマズやウナギ。それに、ぬるぬるのミミズやヒル……」

背中におぶさっている彼女が青ざめるのが、見なくともわかった。

「だから、じっとして下さい。少しでもわたしを気遣って下さるならば」

「……」

「そうです。そのまま、しっかり捕まっていて下さいね」

黙々と歩くクリフトの肩に、彼女の顎がことん、と乗った。

「ごめんね」

「なにがですか?」

今度も平静を装ったつもりだったが、さっきよりもっと言葉尻がうわずる。

後ろから伸びて来た両腕がぎゅっと首に回されて、耳たぶにやわらかなほほが触れた。とたんに、足先が今までとは違う熱さに包まれる。

彼女はそれ以上なにも言わず、クリフトの背中に体を預けると、眠りにつこうとする子供のようにじっと身を丸めている。

クリフトは気づかれぬよう、小さくため息をついた。

やれやれ、現金なものだな、わたしは。

毒の沼地に浸された足は、今にも溶けてしまいそうに痛い。でもこのお方とこうしていられるなら、あと一万回くらい入ってもいい、なんて不謹慎な感想を抱いている。

だが、この想いがあれば、この先もどんなことだって耐えてゆけそうだ。目には決して見えない勇気。わたしの最大の剣であり鎧。

その原因が恋心ならば、恋とはなんと人を強くすることだろう。

クリフトは黒緑色の毒水の中を歩き続けた。二本の足が痛みを飛び越え、感覚が麻痺してなにも感じなくなって来た頃、視界の先にうっすらと岸辺が見えた。

「……着いたのね」

背中におぶった彼女が、耳元でかすかに呟くのが聞こえた。

それは安堵にしてはあまりにも寂しそうで、どうしてそんな声を彼女が出すのか、クリフトにはわからなかった。わからないから、黙って歩き続けた。





―FIN―


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