ドラクエ字書きさんに100のお題



35・姉さんならやりかねない


額にずきん、ずきんとリズミカルな痛みが訪れる。

小石をぶつけられた傷み。

ミネアは空を見上げた。広い空は、どこまでも無限に青かった。

そうして上を向いていると、こみあげた涙は瞳の中だけに溜まっていてくれて、こぼれ落ちることはなかった。

だから、わたしは泣いてない。

涙は落ちさえしなければ、ただ目を潤したお薬のようなものだもの。

コーミズの田舎村の、子供たちの交友関係はとても狭い。自然が多いから育つ人々の気性もおおらかだ、なんて思ったら大間違いだ。

生まれながら狭く作られた人間関係は、とても排他的だ。小さな頃に構築された相関図どおりの力関係を、成長と共にずっと続けていく。

気弱な子はどこまでも気弱な子。強い子はいつまでも強い子。環境が変わらないから人も変われない。変わりたければ出て行くしかない。

この村を。

そんな土地柄で、年齢を重ねるにつれて不可思議な霊能力を発揮するようになったミネアが異端扱いされるのは、ある意味当然のことだった。

よちよち歩きの頃から、人の体の周りにうすぼんやりと色がついているのが見えた。それは人によってまったく違う色を放っていた。

赤色の人、青色の人。紫の人。最初はただ綺麗だな、と思っていた。そのうち灰色や黒をまとう人は、のちのち病気になったり、命を落としたりするようになった。黒や灰色はよくない色なのだ、とわかった。

ある日、仲のよかった女の子の足の周りが、灰色にくすんでいた。

近々、怪我をしてしまうのだ。ミネアは黙っていられなくて、その子にそれを告げた。気をつけた方がいいよ、と言った。気をつけてさえいれば、運命は変えられるからね。

だがその子は「おかしなことを言わないで!」と憎々しげにミネアを睨みつけると、次の日からミネアと一緒に遊ぼうとしなくなった。

それからニ、三日後、その女の子が村はずれで誤って狩猟用の罠に足を引っ掛け、大怪我をしてしまうという事件が起きた。幸い骨に異常はなく、十日ほど学校を休んで安静にすると回復した。

しかし、十日ぶりにやって来たその子は、もうミネアのそばに寄ろうともしなかった。ミネアが近づこうとすると、さっと背中を向けた。目が合うと、気持ち悪そうに顔をそむけた。それでもなんとか話しかけようとすると、最後は体を震わせて泣きだした。

その子がどんなことを言って回ったのだろう。やがて他の子供たちも、示し合わせたようにミネアを避けるようになった。

ミネアが来ると皆の会話が一瞬止まり、気まずい沈黙が周囲を満たす。ミネアがその場を離れると、途端にひそひそ声で言葉が交わされ始める。

時折「お化け」「魔女」という単語が聞こえて来て、それはまだ幼いミネアの心を、父親が実験に失敗してしまった時の試験管のように粉々に砕いた。

やがて、疎外から攻撃へと、子供たちのやり口は緩やかに変わって行った。もともと並はずれた美貌を持つミネアは、格好の嫉妬の的だったのだ。

鉛筆や帳面が隠されたり、髪や服を引っ張られた。泣きだしそうになるのをこらえて前を向いていると、「魔女は出て行け」と、小石をぶつけられるようになった。

半笑いを浮かべて石を投げて来る連中のなかに、足を怪我してしまったあの女の子が混じっていることが、ミネアにはなによりこたえた。

だが、ある日不可解なことが起きるようになった。ミネアに小石をぶつけた連中が、翌日同じ場所に同じような傷跡を作っているのだ。

ミネアが額にたんこぶをこさえれば、その子はもっと大きなたんこぶをこしらえている。そしてミネアを見ると真っ青になり、「ごめんなさい!もう二度としません!」と叫んで逃げ出してゆく。

こうして、ミネアへの攻撃は除々に減って行った。相変わらず誰も近寄って来ることはない。ミネアはいつもひとりだ。

だが、怪我をさせられたり、物を隠されたり罵られたりすることは目に見えてなくなった。彼女の周辺は、恐ろしいほど静かになった。

まるで波のいっさい立たない海のように。

(どうしてかな)

だから今日のこの痛みは、久しぶりに味わうものだった。みんなが手を出さなくなったことに焦れたあの女の子が、苛立ちをあらわにして小石を投げつけて来たのだ。

ずきずき痛む額を手のひらで押さえながら、ミネアはぼんやりと空を見上げた。広い空。無限に青い空。涙がゆっくり引いて行く。

永遠のように広がる、底なしのみずみずしさに意識を放り込んでいたら、ふといつかの夜、双子のように仲の良い姉と交わした会話を思い出した。

(ねえミネア、最近すっごく流行ってる本のなかの決まり文句、知ってる?

あたし今、これ気に入ってんの)

(知らない……。どんな?)

星をちりばめたような姉の大きな瞳が、どこか異様に輝いた。

(やられたらやり返す。倍返しだ)

突如くらっとした眩暈に襲われ、ミネアはぶんぶんと首を振った。額の痛みが一気に増したような気がした。

そうか。そういうことだったのか。

もちろん証拠はなにもない。姉は家では常に明るく振る舞っていて、傷だらけで帰って来るミネアに理由を問いただしたり、慰めの言葉をかけて来ることもない。

でも……

(姉さんならやりかねない)

だとしたら今回のターゲットは、足を怪我したあの女の子だということになる。

(駄目。駄目だよ、姉さん)

ミネアは猛然と走り出した。額の痛みもいつしか忘れていた。大事な妹を傷つけられ、怒りで顔を真っ赤にして馬鹿な子供たちの首根っこを掴み、ひそやかな報復を行っている姉の姿が浮かんだ。

必死で我慢していた涙が、どっとあふれ出す。涙は走るミネアの頬を斜めに横切った。どうしてだろう、これまでされたどんな事より一番つらかった。そして嬉しかった。でも、哀しかった。

(姉さん、駄目なの。やり返していいのはいいことだけなんだよ。

嬉しいこと、幸せなことだけなの。他は返しちゃいけないの)

一刻も早く止めなければ。泣いている暇はない。

服の袖で涙をごしごし拭きながら、ミネアは走り続けた。駆ける足先に力がこもる。馬鹿でいとおしい、大好きな姉を探さなくちゃ。そして、捕まえなくちゃ。自分の時間はそれだけのために流れているような気がした。

への字だった唇がいつしかほほえんでいることに気づき、ミネアはあわてて表情を引き締めた。



―FIN―


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