ドラクエ字書きさんに100のお題



29・この村の全てに愛された魂


ねえ、いつも見ているよ。

わたしはあなたを、いつも見ている。

高台からはるか遠くの景色まで見渡せるように、ここにいるとこれまで輪郭をつかめなかったものすべてが、まるで透けるようによく見える。

わたし、いつも見ているよ。

あなたをいつも。

わたしがここにいること、あなたは決して気づきはしないだろうけれど。

晴れ渡る日に突然雷が落ちたように、予想すらしなかった残酷な襲撃によって、あなたはすべてを失った。

あなたは泣いている。焼け焦げて灰と化した大地に膝まづいて、手も足も泥だらけにして、身を折って、吐くようにして泣いている。

ひとりだと、そんなにも大声をあげて泣くんだね。震える体を今すぐ力いっぱい抱きしめて、涙で濡れたほおを拭ってあげたい。でも、それはもう出来ない。

こんなにもそばにいるのに、なにもしてあげられないもどかしさに、思わずわたしも泣きだしそうになる。体が欲しい。手足が欲しい。どんな形をしていてもいい。もう一度、あなたに触れることのできる器が欲しい。

失って初めて思い知る。形ある命の、言葉に変えられないほどの尊さ。

わたしはここにいる。でも、もうあなたのぬくもりを感じることは出来ない。

ねえ、これから先、あなたはきっとことあるごとにわたしを思い出すでしょう。

道のわきに咲いた花のほころびに、見上げた空の抜けるようなまぶしさに。

そして、ひとりきりで過ごす夜のあまりの静けさに。

ことあるごとに思い出すでしょう。傍らを通り過ぎる親子の笑い声に母さんを、川べりで糸を垂らす釣り人に父さんを。

そして、訪れる先々で出会う人の優しさに、懐かしいふるさとの村の人々を。

それがどんなに新たな涙を誘っても、どうか忘れてしまおうとしないで。覚えていて。思い出の数は愛の数。

たとえ目の前からすべてが消えうせても、まぶたを閉じた瞬間まばゆくよみがえるその財産は、いつもあなたの心を降りそそぐ光で満たしているということを。

わたしは見ている。いつも、見ているよ。

ここにいる。たとえあなたが気づかなくても。

だから、忘れないでほしい。どんなにつらくても、覚えていてほしい。わたしのこと。母さんのこと。父さんのこと。優しかった村のみんなのこと。

二度と取り戻せない過去は、時を経ても消えない愛という音色の管弦楽。

あふれかえるほどの思い出を抱えた、あなたはこの村の全てに愛された魂。

涙が枯れたら、あなたはいつか、必ず立ち上がる。震える足を伸ばして。濡れた瞳を凝らして。残された思い出だけを背負って、なにひとつ保証のない明日へ向かって。

わたしには見える。いつも、見ている。

たったひとりで歩いて行くあなたの背中には、輝ける過去と言う愛が、まだ見ぬ未来への地図をえがいてる。



―FIN―


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