ドラクエ字書きさんに100のお題

 
 
28•ゴチソウサマでした
 
 
「今日という今日は、絶対に食べて頂きますよ」
 
テーブルに所狭しと並べられた皿から立ち昇る白い湯気が、これでもかというほど強烈に鼻孔をくすぐる。
 
「さあ、持って。せめて一皿くらいは綺麗に空にしてもらいますからね」
 
片手にスプーン、片手にフォークを強引にあてがわれ、天空の勇者の少年は心からいやな顔をした。
 
故郷の山奥の村を滅ぼされ、世界を巡る旅をするようになってから、何が一番苦痛かと言ったら食事だ。
 
村人、師範、両親、そして幼馴染の恋人を一夜にして失うという悲劇は、まだ17歳の少年の心身に目に見えない深刻な打撃を及ぼした。あの日以降、何を食べてもまったく味がしなくなったのだ。
 
どんなに濃いソースのかかった肉料理も具沢山の香草スープも、口に放り込めば穴だらけのスポンジを噛みしめているような感覚しかしない。無理に喉に流し込むと、決まって気持ちが悪くなる。飲み物ですらそうだ。例外的に酒だけは、味はなくともその刺激が胃を心地よく温めてくれるのですいすいと進んだが。
 
まるでそれすら魔物の手によって奪われたかと思うほど、全てをなくしたのと同時に少年の空っぽの身体の中からは、味覚と食欲が根こそぎ失われていた。
 
「ほら、食べて」
 
テーブルのはす向かいから、蒼い目をした長身の青年がこちらをじっと睨んでいる。旅仲間のサントハイムの神官クリフトだ。
 
男のくせして料理上手なんて、気持ちの悪い奴だ。反抗と侮蔑を込めて思いきり睨み返してやったが、効き目はなかったようだ。表情ひとつ変えずに「さあ、早く食べて下さい」と繰り返す。
 
いつもそうだ。この神官野郎は自分の毎日の食事の進み具合や体調をそれとなくチェックしていて、顔色が悪いな、痩せ始めているな、と思ったらこうして山のように料理を作って、無理矢理食べさせにかかる。
 
食えねえって言ってんだろ!いいえ、なんとしても食べて頂きます!の押し問答をもう何度繰り返したことか、数十回は下らないだろう。それでも椅子を蹴り飛ばして逃げたりせず、最後は仏頂面で全部食べるのは、自分でもそうしなければならないとわかっているからだ。
 
食べなければ生きていけない。戦うことも出来ない。戦えなければ両親やシンシアの仇を討つことも出来ない。
 
仇を討つことが出来なければ、今の俺は生きている意味がない。
 
「……わかったよ」
 
勇者の少年は、目の前の皿に積み上げられている煮込み芋のひとつに渋々フォークを突き刺した。
 
ぱく、と食べる。案の定だ。なにも感じない。ただ、塊を口に含んだ感覚。それ以上でもそれ以下でもない。石ころや綿を口に入れたって、美味いもまずいもないのと同じ。何も感じないものを飲み込むのは苦痛だ。それで腹が満たされるのは、もっと苦痛だ。
 
「どうです、今日のはいけるでしょう」
 
クリフトは至極真剣な顔で、黙ってもぐもぐと食べ続ける勇者の少年の無感動な目を覗き込んだ。
 
「好き嫌いの多すぎる貴方が少しでも食べやすいようにと、今回はかなり味付けを工夫してみたんです。

だから、絶対においしいはず」
 
おいしいわけあるか、この大馬鹿お節介野郎。
 
喉まで出かかった悪態を、芋と一緒に飲み下した。極度の偏食なのだと思われていてもそれは仕方ない。出会った頃から徹底的に無口で、仲間になにひとつ心の内をさらけ出そうとしないのは自分なのだから。
 
でも、だからってこんなことを言うつもりはなかったのに。
 
「……たしかに、こないだのよりはうまいな」
 
自分の口から出て来る言葉に自分で驚きながら、だかまったくそれを表情に出さずに勇者の少年はなにも味のしない料理を黙々と食べ続けた。
 
「今日の味付けなら、割と食える」
 
「本当ですか!」
 
クリフトの顔がぱっと輝いた。
 
「では、これからも今日のやり方で作ってみることにします。ああ、これでやっと貴方に積極的に食事をしてもらえる……!
 
いつも小鳥の涙ほどしか食べなくて、行軍中も浮かない顔ばかりしている貴方を見ているのが、わたしはどれほどつらかったか」
 
「他人の顔を見てつらくなるなんて、暇な奴だ」
 
これで逃げ道は断たれた。完全に墓穴を掘ったな……と思いながら、勇者の少年は気分の悪さをこらえて全ての皿の料理をたいらげた。
 
クリフトは嬉しくてならないように、頬を紅潮させてにこにことこちらを見ている。料理の際に跳ね飛んだのか、萌黄色の神官服のあちこちにソースの小さな飛沫がついているのを認めて、少年は肩をすくめた。
 
まあ、いいか。
 
クソ真面目なこいつがおいしいでしょうと自信を持って言うんだから、きっとこれはおいしい料理だったんだろう。俺の舌がどこかに置き忘れてしまったその味。今はしんどくても食べ続ければ、いつかは取り戻せるかもしれない。
 
勇者の少年はフォークとスプーンをテーブルに置くと、丁寧に両手のひらを合わせた。クリフトの瞳がさらに輝いた。

単純なヤツ。だから芝居がかった仕草で、空っぽの皿に向かって小さく頭も下げてみた。
 
「ゴチソウサマでした」
 
 
 
―FIN―


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