ドラクエ字書きさんに100のお題



26・エレベーター


上がって、上がって、エレベーター。

上がれば気分はからっと晴れて笑顔は満開、まるで今日の空のよう。

「あー、いい天気ねえ。なんだかおなかすいちゃった。

こんな日はよく焼いた羊の丸焼きなんかを、ワイン片手におなかいっぱい食べたいわ。ねえ、お昼ごはんまだ?」

「なにを言っているのだ。食事ならさっき済ませたばかりではないか」

モンバーバラ出身の踊り子マーニャの能天気な声音に、傍らを歩いていたライアンは戸惑ったように眉をしかめた。

彼女の、見た目の妖艶さとは相反する子供のような自由奔放な振る舞いに、生真面目な王宮戦士は未だに慣れることが出来ない。

思ったことをすぐに口にするのは恥だと、バドランド王府軍で厳しくしつけられて来た。軍人は規律を守り、自我を抑制するを良しとせよ、と。考えるより先に言葉が出て来るようなマーニャの気質は、まったくもって理解しがたいのだ。

「そっか。ごはん、食べたばかりだったわよね。あたしったらやあねえ。

ああ、でも、おなかすいた……」

上がって、上がって、エレベーター。

だめだめ、笑顔を絶やしちゃだめ。無理矢理にでも笑わなきゃ。笑ってないと気分も上がらないんだから。

上がれば気分はからっと晴れて笑顔は満開、嫌なこともつらいことも全部忘れられる。

笑みを浮かべながら横を通り過ぎたマーニャの瞳が一瞬翳ったのを見逃さなかったのは、ライアンの戦士としての研ぎ澄まされた第六感ゆえだろう。

「待て、マーニャ殿」

思わず、反射的に呼びとめていた。マーニャの褐色の肩がびく、と震えた。

「もしかして、なにかあったのか。どうも元気がないようだが」

「えー?やだ、なに言ってるの。このあたしが元気がないなんてこと……」

「あるだろう。四六時中明るいばかりの人間など、この世のどこを探してもおらぬ。

悩みがあるならひとりで抱え込まず、仲間に打ち明けてみるがいい。たとえ解決はせずとも、楽になるぞ」

ああ、下がってく、下がってく。

ごつい髭のおじさんの思いもよらぬ優しさに、奮い立たせた空元気がものの見事に粉砕されて、エレベーターはみるみる下がってく。

「……っ」

マーニャの瞳から、ぶわっと涙があふれ出た。

「じ、じつはね……、今日は父さんの命日なの。あの日からもう、こんなに月日が過ぎちゃった。

あたし、モンバーバラへ踊り子の修行に出ること、ずっと反対されてたの。大勢の男の前で肌もあらわに踊るふしだらな仕事など許さん!って怒鳴られて、こっちも頭に来てなによ、このわからずや!って怒鳴り返して大げんか。

いがみあったまま、村を飛び出して来ちゃったんだ。最後まで喧嘩したまま、謝ることも出来ないまま……。

毎年この日になると、後悔で胸が締めつけられそうになるの。父さんがあんなことになるってわかってたら、あたし、もっときちんとどうして踊り子になりたいかを話したのに。

父さん、勝手なわがままを通してごめんねって、目を見て謝ったのに……」

恐らく必死に作っていたのだろう。明るい笑顔はあっというまにかき消え、マーニャはライアンの胸に飛び込むと、盛大な声を上げて泣きじゃくり始めた。

緋色の鎧に、彼女の瞳からこぼれ落ちた涙が模様を作る。まぶたを彩る化粧がどんどん落ちて行くのも構わず泣き続けるマーニャの肩を、ライアンは仕方なさそうにぽんぽんと叩いてやった。

「拙者も、幼少より両親がおらぬ。父を突然失う悲しみを知らぬ。上手い励ましの言葉は浮かばぬが」

「……そんなの、いらない」

「励ましは出来ぬが、食欲旺盛なマーニャ殿の希望を叶えることなら出来るぞ」

マーニャが不思議そうに顔を上げると、ライアンはくっと吹き出した。

「ひどい顔だ」

「なによ!失礼ね」

「だが、悪くない。そもそも拙者は化粧の濃い女は苦手なのだ。

このあたりは穀倉地帯だ。よく肥えた羊もいるだろう。少し待っているがいい」

武骨な外見に似合わぬ素早さでくるりと身をひるがえして、ライアンは草原の向こうへ走り去った。

マーニャはその背中をじっと見送った。

頬をひとすじすべった涙が、唇に忍び込む。あーあ、あんなに時間をかけて塗ったお化粧、落ちちゃった。無理に作った笑顔も消えちゃった。

だけど、化粧がすっかりはげ落ちたまぶたは思いのほか軽かった。泣いてもいいんだ。誰かに打ち明けてもいいんだ。無理して上げようとすることなんてない。気分はいつも浮き沈み、つらいことだっていつまでもくよくよ思い出す。でも、それが人間。

上がって、下がって、そしたらもう上がるしかない。忘れた頃にまた下がって、だけどその次は上がり方をちゃんと覚えてる。

感じるままに、素直に。上がって、下がって。

動くことを止めない、あたしの心のエレベーター。



―FIN―



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