ドラクエ字書きさんに100のお題



13・春と秋はどちらが好きか


ミネアが言った。

「春でしょうか。毎日ぽかぽかして、散歩するのも心地良いですもの」

アリーナが言った。

「わたしは秋ね。木の実や果物が熟して、ごはんがすごくおいしいわ」

マーニャが言った。

「あたしはやっぱり夏!誰がなんと言おうと情熱の夏、恋の夏よ。

え、春と秋のことを聞いてる?夏は駄目なの?」

トルネコが言った。

「わたしは秋ですな。来るべき冬に備えて、防寒具がよく売れるのです。商人にとって秋は願ってもないかきいれ時ですよ」

ブライが言った。

「春に決まっておるわ。冬の直前である秋は、身体のあちこちにガタが来る。これ以上腰痛がひどくなるのはかなわん」

ライアンが言った。

「秋であろうな。山紫水明豊かなバドランドの秋は、げに美しく風流だ。ぜひ一度、我が故郷に遊びに来られると良い」

勇者の少年が言った。

「どっちでもいい。なんだ、その質問は」





クリフトは瞬きして、ごまかし笑いを浮かべた。

「いえ、べつに。ただなんとなく」

「なよなよした女みたいなことを聞くな。そんな暇があったら、高所恐怖症の克服法でも考えてろ。

気球に乗るたび高いの怖いのガタガタ騒ぎやがって、大の男が情けねえんだよ。バーカ」

かちん、と来た瞬間、勇者の少年はもう視界から消えていた。あっという間に目の前の森の中に分け入って行ってしまったのだ。

「今日は虫の居所が一層悪いみたいですね」

呆然とするクリフトの傍らにいたミネアが、肩をすくめた。が、顔は笑っていた。

「あの方はあなたのことを、我儘を全部受け止めてくれる優しい兄のように思っているのですわ。クリフトさん」

「本当にそう思って頂けているのなら、存外光栄ですが」

「でも、どうして急にそんな質問をしたんです?春と秋、どちらが好きかなんて」

クリフトはすまなそうに笑った。

「ええ、それは……」

四季のうち、もっとも穏やかで過ごしやすい春と秋。

もしもこの旅が終わり、わたしたち導かれし仲間がそれぞれの暮らしに戻ったとしても、毎年どちらかの季節にまたこの仲間たちで集まりませんか、という約束を交わしたくて。

始まったものは必ず終わる。

年齢も性別もまったく違うわたしたちがこうして同じ釜の食事を取り、同じ匂いの草の上で眠る暮らしも、いつか必ず終わる。いえ、終わらせなければならない。一刻も早く。

だってわたしたちは、同じ目的を果たすために集まったのだから。終わることとは、目的を達成することなのです。そしてまた新たな役目を見つけるために、わたしたちのそれぞれの人生は続いてゆく。

それでも、このいっときの時間に築かれたかけがえのない絆を、わたしはたやすく手放してしまいたくありません。

すぐじゃなくてもいい。でも、約束が欲しいのです。またいつか再び、必ずこの仲間たちと再会できるという約束が。

一年のうち、春と秋、どちらかの季節の短い一日に。

「春だ」

すると、突然がさがさっと茂みが割れ、絹糸のような美しい髪に木の葉をたくさんつけた勇者の少年が、クリフトの前に飛び出して来た。

「な……!どうしたのです。急に戻って来て」

「春は花が咲く」

むっつり顔のまま、呆気にとられるクリフトに向けて利き手である左手をずいと突き出す。

そこには、青色の鐘のような色鮮やかなリンドウの花が一輪握られていた。

「……これ、あなたが摘んで来たのですか?」

勇者の少年は意地のようにクリフトを目を合わせようとしなかったが、黙って頷いた。

「皆で集まるんなら絶対に春だ。俺は花がたくさん咲く春が好……、嫌いじゃない。

だから、春の方がいい」

「では、これで春と秋が三対三の同数ですね。番外で、夏がおひとり」

「お前はどうなんだ、クリフト」

勇者の少年がそっけなく尋ねた。

「お前は春と秋、どっちが好きなんだ」

「そうですね……、わたしは」

クリフトは言葉を切って、辺りを見まわした。仲間たち皆が楽しそうに、期待を込めて最後の一票である自分を見守っている。

その全ての瞳が、音もなく雄弁に語っている。唇に自然とほほえみが浮かぶ。そうだ、どっちだっていいのだ。春でも秋でも。どちらを選んだにせよ、わたしの望みは必ず叶うだろう。

未来で果たしたい約束。会いたい。この旅が終わっても、いつかまた再びこの仲間たちで。

その時はつらく苦しい戦いも、どうすることも出来ずに涙した悲劇も、すべて笑って語りあうなつかしい思い出に変わっているだろうか。

「考えさせて頂きます。まだ、あと少し時間がありますから。わたしたちのこの旅が終わるまでに」

肩すかしをくらった仲間たちがため息を洩らし、なんだそれは、ずるいぞ、とクリフトを茶化した。

どうもすいません、と笑って謝るクリフトの手に握られたリンドウの花が、風にそよいで青い花弁を揺らした。

勇者の少年がそれを見、ふと唇をはらりと緩めそうになって、慌ててぷいとそっぽを向いた。

  


-FIN-


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