ドラクエ字書きさんに100のお題
12・まっしろ
腕の中のシンシアの呼吸がようやく落ち着いて来たので、勇者の少年はためらいがちにその顔を覗き込んだ。
「……大丈夫か」
「うん」
シンシアはこくりと頷いて、愛する少年の胸にそっと頬を寄せた。
熱に浮かされた時間の後。
抱きしめた彼女のふわふわした長い髪が、滝のように枕の上に広がっているのを、勇者の少年はぼんやりと見つめた。
指でかきあげてやると、彼女が心地よさそうに瞳を閉じた。白いシーツの上で髪がさやさや動くのを見ていたら、どうしてだろう、たまらない気持になった。
こいつの全部を、俺だけのものにしたい。
これでもう、そう出来たのだろうか?わからない。
彼女のいつまでたってもあどけなさの抜けない頬も、いつもは雪のように白い肌も、今はどこも淡い桜色に染まっている。人の肌は温度で色を変えるのだ。一緒にいれば、いつでも好きな時にそう出来るのだ。
そんなことを知ったのは、おさななじみのふたりがようやく大人になったあかし。
「あたまが、まっしろになったの。びっくりしたよ。わたしの中身がどこか遠くへ飛んで行っちゃうんじゃないかって、何度も怖くなった。
でも、あなたがいてくれるから大丈夫だね。わたしのことを引きとめてくれる」
「お前はどこにも行かない」
勇者の少年は言おうかどうしようか迷って、口にした。口にすると耳たぶがかあっと熱くなった。
誰か他の人間に聞かれているわけじゃないのに、どうしても器用に愛の言葉を囁く事が出来ない。損な性分。でも、だからこそ短い呟きには凝縮された真実が込められている。
「俺は、お前を離さない。お前といつも一緒にいる」
「ねえ、あなたもそうだったの?わたしと同じだったの」
「……なにが」
「あなたも、あたまがまっしろになった?身体の中身がどこかへ飛んで行っちゃいそうだった?」
少年はまた頬を赤らめた。
「わかんねえよ、そんなの」
「でもあなた、さっきはあんなに苦しそうに息を乱して」
「今思い出すな、それを!」
「どうしてそんなに照れるの?わたしとあなた、ふたりのことでしょう。少しも恥ずかしいことなんてないのに、変なの」
シンシアがぷっと頬をふくらませた。確かにそうだ。全部ここで吐息交じりに行われた、夢のような既成事実。
それがどうして、ほんの少しの時間を置いただけでこんなにも気恥ずかしい思い出に変わるのだろう。
たぶん自分は愛情と正面から向き合うことに、慣れていないのだ。愛を得たと知るのが怖いのだ。もう失いたくないから。だから、いつまでたってもそれは届かないまぼろしのようで、手にしたとたん指の隙間からこぼれ落ちる。
そしてまた、欲しくなる。なにも持たない無垢な子供のように、何度も、何度も。
「もう、寝るか」
腕の中のシンシアが返事をしないので、勇者の少年はため息をついた。素直なくせに、奇妙なところで強情なのだ。質問の答えを貰うまで決して引くことはしない。
「なったよ」
「え?」
シンシアが顔を上げ、瞳を輝かせた。額に汗が滲む。どうして俺が、こんなことをいちいち言わなくちゃいけないんだ。心臓がどくんと鼓動の速度を速めた。
でも、わかっている。彼女は知りたいのだ。そして、本当は自分も。愛する人が同じように感じているのか。同じように愛してくれているのか。
だってふたりはひとつでも、命の入った体は別々。だから、言葉で確かめなくちゃわからない。触れる肌の熱さで確かめなくちゃわからない。
「あたま、まっしろになった。おかしくなるんじゃねえかと思った。
お前の声を聞くだけで、脳味噌がぶっ壊れてわけがわからなくなりそうだった」
勇者の少年が言うと、シンシアは顔じゅう嬉しそうな笑顔にした。
「じゃあ、わたしと同じだっ」と少年の脇腹を両手ではっしと掴む。ぎょっとしてもがくのも構わず思いきりくすぐると、勇者の少年のいつもは引き結んだ唇から、弾けるような笑い声があふれた。
-FIN-