Who fears it?〜或る怖い話〜
「なあ、遊ぼうぜ」
突然荒っぽく肩を叩かれて、椅子に座って聖書を読んでいたクリフトは目を白黒させた。
振り返ると勇者の少年が、常日頃見られぬほど頬を紅潮させてこちらを睨めつけている。
「……貴方、また飲みましたね、こんな昼間から。酌仲間はマーニャさんですか」
「もう三日も雨で足止め食ってるんだから、しょうがねえじゃねえか。酒を飲む以外にすることがない」
「あります!山程も」
クリフトは怖い顔で聖書をばんと閉じ、酩酊の少年を睨んだ。
「武器の手入れは?古代書物を読解するための勉強は?室内でも出来る、剣術の鍛練は!」
「宿を取った初日に、ひと通りやった」
「夏休みの宿題じゃあるまいし、最初に片付けたらあとは好き放題遊んでいいというわけではありませんよ!」
「イヤイヤヨゲーム、さっきマーニャに教わったんだ。あいつも酒を飲むとなかなか話せるな。
トルネコとライアンも一緒にやった。もちろん勝ったのは俺だが、面白かったぞ」
少年はクリフトの言葉を全く無視すると、片手を顔の前で振り「六章で仇と旅をする、イ~ヤイ~ヤヨ~」と叫んだ。
クリフトは深い憐れみの目で少年を見つめた。
「勇者様……無愛想を装っていても、本当はこうして皆と声を上げて笑い、はしゃぎたいと思っておられるのですね。
宜しい、このわたしでよければいつでも貴方のお遊び相手になりましょう」
「じゃあ、怖い怖い連想ゲームしようぜ」
少年はにやりと笑って言った。
「順番に、恐怖を想起させる言葉を言う。浮かばずに詰まった方の負けだ。じゃあまず、俺から行くぞ。
開かずの扉」
「ふむ、それは確かに怖いかもしれません。なかなかやりますね。では次はわたしの番です。
禁断の書」
「ふん、何が書いてあるのか予想もつかんところが、また恐怖を刺激するな。
学校の七不思議」
「世に言うトイレの花子さんですね。ひとりで行くのは避けた方がいいが、かと言って休み時間のたびに、友人とぞろぞろ連れ立って行くのも如何なものかと。
旧校舎」
「旧っていう響きが、既に怖すぎるぜ。絶対にいわくつきだな。新校舎を建てたらさっさと取り壊せって話だ。
かまいたちの夜」
「そのまんまじゃないですか!バッドエンド、怖すぎでしたよ。最もピンクのしおりには心をくすぐられましたが……いえいえ、おほん!こほん!
ホルマリン漬け」
「卑怯だ!かまいたちから弟切草に流して来たな。これは連想ゲームとは違うんだぜ。
まあいい、ドラクエにもなじみ深いチュンソフト繋がりということで許してやる。
みなごろしのけん」
「あんまりといえばあんまりなネーミングです……小さい頃、どんな剣かと考えるだけで怖くてたまりませんでした。
ジャイアンの母」
「怖い。とにかく怖いな。理不尽な怒りの象徴たる存在だ。俺の母さんがああじゃなくて本当に助かった。
三日目のカレー」
「もういい加減飽きて食べたくないですよ。わあ、おいしくなってる!と喜べるのは二日目までです。
飛ぶゴ○ブリ」
「おい、そっち系はやめろ。つつけばいくらでも出て来るだろ。
寝過ごした朝」
「時の砂があれほど欲しいと思った瞬間はありません。
携帯でうっかり長電話」
「もはや明細の封も切りたくないぜ。
セーブし忘れ」
「涙以外の何が必要でしょう。
ヘアカット失敗」
「どれだけ悔やんでも手遅れだ。
火曜サスペンス劇場」
「CMに行く時の画面と音楽、鳥肌ものでした。
しのせんこく」
「おい、FFには行くなって。
トンベリ」
「貴方こそ。なんとか包丁投げて来る前に倒しましょう。
ふっかつのじゅもん間違い」
「カセット差しこんだ途端のバグ」
「ぼうけんのしょ全消え」
「こっくりさん」
「冬彦さん」
「宜保愛子」
「人面魚」
「川口探険隊(?)」
クリフトと勇者の少年は、正面から対峙して不敵に笑いあった。
「譲りませんよ、わたしは」
「それはこっちのセリフだ」
「ならば、次は……」
「ちょっとー、何やってるの?あんたたちってば!」
そこに突如割って入ったのは、不機嫌そうに顔をしかめたアリーナだった。
「ア、アリーナ様?」
「クリフト、さっきから何度呼んだと思ってるの?
わたしの部屋、散らかっちゃったから掃除してねって言ったじゃない!」
「は、はい!申しわけありません。ただいますぐ!」
クリフトは大急ぎで立ち上がった。
「なんだ、お前はU子さんの部屋をせっせと掃除するオバQか」
勇者の少年は鼻で笑った。
「ゲームはリタイヤか?この勝負、俺の勝ちでいいのか」
「いえ、わたしはもう答えましたよ」
クリフトは部屋の端にあるクローゼットから掃除機を取り出すと、片目をつぶってみせた。
「わたしがこの世で何より怖いものは、アリーナ様。
愛するお方の心が離れてしまわないか、いつも怖くて仕方ありません。
では、続きはまた。貴方も考えておいて下さいね」
「クリフト、早く!」
「はい!姫様のために最新型サイクロンを入手しました故、どうぞご安心下さい」
「あら、あいにくだけどわたし、掃除機はダイソン派なの」
「な、なんと……」
並んで去って行くふたつの背中を、勇者の少年は黙って見つめた。
(……俺が怖いと思うこと、か)
「今度はお前たちを失ってしまうこと、なんてな」
少年はかっと顔を赤らめると、誰にも聞かれなかったか大急ぎで辺りを見回し、
「あー、酔った」と弁解めかして呟き、あわててその場を立ち去った。
「はい、戴きました!!」
その時、さっきまで掃除機が入っていたクローゼットがガチャリと開いて、中から高々とVサインを掲げたマーニャが出て来た。
「生意気なクソガキの弱み、星三つです!」
妖艶な踊り子は、これでしばらく旅が愉快になるわと声高に笑い、
「キュウリトマ~ト~~♪」と鼻歌を口ずさみながらスキップしてその場を去って行った。
静寂だけが残される。
……そして、誰もいなくなった。
恐怖と勇気がどれほど近くに共存しているかは、敵に向かう者こそが最もよく知り得ることであろう。
---オスカー・モルゲンシュテルン
-FIN-