真に強き者



間合いを見切るや否や、俺はひと思いにライアンの喉元を突いた。

悔しいが、腕力では圧倒的に向こうに分がある。

おまけにこっちは手の震えというでかいハンデがあり、まともに剣を握れない。

ライデインの魔法でも使ってよければ話は別だが、剣のみでの立ち合いは、長く続けばどうしても体格の小さい方が不利だ。

だから先手必勝、瞬発力で頭からねじふせる。

だがライアンは、まるで突き出された刃の軌道がスローモーションで見えているかのように、半歩だけ下がって鼻先で俺の剣の切っ先をするりとかわした。

一瞬目を見開き、面白げに頬を歪める。

「……いきなり喉を狙うとは、性悪だな。本気で殺す気か」

「遠慮はいらねえと、さっきあんたが自分で言った」

「それはこちらも同じだ」

「なら、いちいち四の五の言わないでくれ」

冷静を装って剣を構えなおしたが、内心俺は焦っていた。

(このおっさん、前に手合わせした時より格段に速くなってやがる)

筋肉自体が鎧みたいなごつい体の一体どこに、これほどの俊敏さが潜んでいるというのか。

いや、それよりもこのおっさんの年齢でも身体能力はいまだ向上し、さらなる進化を遂げているというのか。

突きを外すと、突進して加速のついた体をさっさと止めなければ、逆に背中を狙われてしまう。

俺は歯を食いしばって足を踏みこたえ、即座に剣を持った左手をぐるんと右手の下へかいくぐった。

刹那、刃を横倒す。無防備な背後を護るためだ。

「遠慮はしない」と言った先程の言葉通り、俺が突き出した剣の上に、ライアンの剣が容赦なく振り下ろされる。

がつんというすさまじく重い衝撃が、噛みしめた歯の根から脳までびりびりと駆けた。

あまりの重さに剣を取り落としそうになる。

視界に一瞬火花が飛んだ。

(この、馬鹿力め……!)

だがたじろぐ暇もなく、ライアンの二の剣、三の剣が次々と繰り出される。

俺は一転、防戦一方ですべての剣をかろうじて受け止めた。

その間、ものの数秒で十歩ほども押しまくられ、いつしか俺の背後には一本の巨大な樫の樹木。

気付かないうちに、行きどまりに追いやられていたのだ。ただの馬鹿力じゃない、おっさんの戦士としての狡猾な知己に舌を巻く。

……なんて、余裕ぶって感心してる場合か。

(このままじゃ、やばい)

たとえ手合わせだって、手の震えというハンデを抱えていたって、この俺が誰かに剣で負けるなんてことがあっていいはずがない。

俺は握りしめた剣の柄を持ちかえ、にわかに正眼から上段の構えへと変えて振りかぶった。

幼い頃から鍛えに鍛え、脇目もふらずただひたすらに磨き上げて来たという根拠に支えられたプライドが、なにがあっても負けたくないという奮起に火をつける。

(負けてたまるか)

火が燃え盛る炎となる。

唇に自然と笑みが浮かぶ。

俺は何者でもない、ただのひと振りの剣であり、ひと振りの剣がただの俺であると感じた瞬間、耳にまとわりつく一切の余計な音が消える。

頭が空っぽになる。

すべての妄執から解き放たれて、手のひらの一点に熱い力が集中する。


(……楽しい)

(戦うことが、楽しい)

(そうだ、俺は剣士だ)

(なにがあっても俺は剣士だ)


(勇者なんだ)


選ばれし者だなんて、わけのわからない役目を勝手に押しつけられるのは頭に来る。

めまぐるしく襲い来る自分の運命に腹が立ってもどかしくて、どうしようもなく苛立つ時もあるけど、



でも俺は、やっぱりまぎれもなく勇者だ。


この血が教えてくれる。



戦うことが好きだ。




俺の表情が変わったのを見てとったのだろう、ライアンもまた、瞳に鋭い光をきらめかせて剣を構えなおした。

「ひとつ悟ったな。小僧殿よ」

「何がだ」

「真に強き者を決めるのは、剣の流派でも構えでも、ましてや修練の量でもない。

覚悟だ。そして、場数だ。

若く、実戦に臨んで日が浅いおぬしはまだ場数を踏んでいない。だが剣士として人もうらやむ天賦の才を持っている。

必要なのは覚悟だ。己れの生こそまさに、一本の剣であるという覚悟」

「あんたの言ってることは、小難しくてよくわからねえ」

「三度の飯より剣が好きだ。

自分は終生、確固たる信念のもとに剣を振るい続けるであろう。

我が人生の傍らには、いつも熱烈に愛する恋人のように剣があるだろう、という覚悟のことだ」

「それなら、ずいぶんと解りやすい………、

な!!」

俺は大上段に剣を構え、腹の底から気合いを込めて、ライアンの頭上に思いきり剣を振りおろした。

ライアンが裂帛の勢いで剣を振り上げ、俺の振るった刃をはっしと受け止める。

剣と剣が真っ向からぶつかる。

ぎりぎり、と刃がこすれて音を立てる。

交差して空中に十字を描く二本の剣の向こう側で、ライアンが口髭を歪めてにやり、と笑った。

「成るか?小僧殿」

俺も唇の片方だけで笑った。

「ああ」

成るさ。

成ってやる。

いつか必ず。

恐怖にも震えにも、己れの怯懦にも決して屈することのない、研ぎ澄まされた勇気の白刃を携える一本の剣。





真に強き者に。








春、夏、秋、冬。

放っておいても一年は過ぎる。

どこにいたって花は咲くし、夏は若葉が吹くし、秋は果実が豊かに実るし、冬は寒い。

季節は巡り、脳味噌を除いて全身筋肉の口髭の戦士のおっさんと、数え切れないほどの勝負を繰り返したあの旅の日々は過ぎ去った。

色鮮やかな事実は置き忘れた宝石のように心の底辺に埋み、やがて懐かしい記憶へと変わる。

必ず成ってやると誓いを掲げた、真に強き者とやらに俺はもう成れたのかって?

それは推して知るべし、だ。

気になるんなら会いに来ればいい。

大陸のほぼ中心に位置するブランカ王国からさらに北、鬱蒼と深い森に隠された、誰も知らない秘密の山奥の村。

ただし迷っても知らないぜ。

もしも道を見失うことなく辿り着くことが出来たなら、あんたも身の内に一本の剣を隠し持っているのかもしれない。

戦う喜びを知った者が、誰しもひとたびは志す、熱砂真空を裂く無敵の刃の操り主になる力。



真に強き者の資格、ってやつを、な。





-FIN-



2/2ページ
スキ