Listen to!
其の終 Listen to The chosen(Who is The Lost man)
目が覚めて、空が当たり前に青いことを奇妙に思う朝がある。
なあ、ドッペルゲンガーって知っているか。
人は死を迎える直前に、もうひとりの自分の姿をその目で見ると言う。
だとすれば俺は、そう遠くない日に命を落とすかもしれないのだろう。
神話に出て来るナルキッソスが、水面に映った自分を愛したように、俺は鏡の向こうがわから、がらんどうの目でこちらを見つめる自分自身を、恋にも似た情熱で深く憎む。
どうだ、たったひとり生きながらえて吸う空気の味は。
空虚と欺瞞の汚泥で出来たそいつに感情を悟られるのは、どんな恥辱よりも俺を痛め付けるから、いつものように腕を組んで笑って、問われるより先にこう尋ねてやる。
そういうお前は、どうなんだ?
まだ温かい死を踏み台にして、果てなき世界へ歩み出した足。
それが俺の選んだ道のり、正義と呼ばれるための歴史を刻む足跡。
両腕を組むのが癖になったのは、そうすれば誰とも手を繋がなくてすむからだ。
誰の手を引かなくても。
誰の身体を抱きしめなくても。
余計なことを言わないように、無口な人間のふりをしていたら、いつしか本当に自分からはなにひとつ喋れなくなった。
言葉は渇望を生む。
欲しいと口にすれば欲しくなる。
昇る朝陽はいつも同じで、月の輝きもいつも同じで、けれど誰かが「綺麗だね」と囁いたとたん、俺にとってそれは特別になってしまうから。
音の死に絶えた世界には、まるで鋏で切り取ったみたいに俺と同じ形の空洞があって、かくれんぼをする子供のように息を凝らして身をひそめ、誰にもみつからない場所に自分を全部封じ込めて、ようやく安心する。
もうひとりの俺が笑う。
空っぽの緑色の目が、哀れむように俺を射る。
ほら、失ったものの足音が聞こえるだろ。
そう、これがお前の望んだ世界だよ。
あんたは詩人なのか。
歌は嫌いじゃないが、今はあまり聞く気分にはなれないな。
俺はある時期まで歌を知らずに育ったから、覚えている歌はたったひとつしかない。
どんな歌かって?知っている歌なら、今ここで吟じてみせる?
無理さ。
それには音がなく言葉がなく、節も調もなにひとつありはしない、ただそこにある「存在」が奏でる歌なんだ。
そして俺にしか聞こえない。
ひとりじゃ永遠に形を持てない、まぼろしの風と鳥がうたう歌。
ふん、訳わかんねえって顔してるな。
ほんとうは俺にもよくわからないんだ。
なのにいつも、こんなことばかり考える。
迷路に入る前から迷うことを畏れ、眠る前から夢に怯える。めんどくさいよな。
いつか歌ってもらえるか。この地を旅立った魂が奏でる、命の浄化の歌を。
なんにも助けてくれやしないうさん臭い神って奴が導く、幸福な輪廻転生の歌を。
ああ、すべてが終わったら。
それまで俺は、歌はいらない。
なにもいらない。
もう失くしたくないから。
嘘だ、なにひとつ持たないわけじゃないだろう、だって?
そうだな。あいつらがいる。
あんたがこれまで根掘り葉掘り話を聞き回って来た、見事にばらばらの扱いにくい性格をした七人の奴ら。
こんな溶けかけのミミズみたいな俺を支え、いつも全力で助けてくれる仲間たち。
俺が外の世界で見つけた、最初で最後の大切な宝だ。
そんな奴らを引き連れて先頭に立ってる身としちゃ、たやすく後戻りするわけにも行かない。
空っぽのがらくたでも、ここまで生きたんだ。
生かしてもらったんだ。
俺の失くした半分にかけて、もう簡単には死んでやらねえよ。
ドッペルゲンガーなんか糞食らえだ。
全てを手放した無の身体に、この世でいちばん重い運命を乗せて。
俺は勇者だ。
俺が勇者だ。
それからさ、頼みなんだけど、さっき話したこと絶対にあいつらには言うなよな。
他人に心の内を知られるほど、恥ずかしいものなんてないだろ。
じゃあどうして、自分には教えてくれたんだ、だって?
それはお前が詩人だからさ。
歌えよ、世界じゅうでこの導かれし仲間たちが抱えた思いを。
こんな奴らが戦ってるんだって、名前も知らない皆にあちこちで伝えてくれ。
そうすれば俺たちは、いつでも繋がることが出来る。
遠いもうひとつの世界から俺たちの冒険を見守っている、今日もそこにいる誰かとな。
それが俺たちのサーガ、とこしえまで語り継がれる「DRAGON QUEST」だ。
じゃあな、もう行く。
また会おうぜ、詩人。
ああ、いつかまた、必ずな。
ーFINー