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其の六 Listen to クリフト
ぶつぶつ……。
姫様がこう構える。そして、こう跳ぶ。それを見た魔物がこちら側に回り込む。
その時わたしがすかさず飛び出して、間髪入れずにマヌーサ。
いや、だがそうすれば姫様はきっと、「今更必要ないわよ!このまま蹴りを打ち込むわ!」とおっしゃるだろう。
ではまどろっこしく援護魔法など止めて、正面からザラキで行くか?
うん、効かない。十中八九効かないだろうな、はあ……。
あ、こんにちは。
ブライ様より伺っております。歌を作るために話を聞いて回っているという、吟遊詩人さんでしたね。
わたしは西の大国サントハイムの神官にして、第一王位継承者であらせられるアリーナ殿下の従者、クリフトと申します。
ずいぶんと長い帽子を被っているんですね?
ええ、これは厳しい修業を積んだ聖職者のあかし。
位階が上がれば上がるほど、帽子の長さも伸びて行くのですよ。
そうですね、最終的にはキリンの首くらいの長さを目指して……って、そんなわけないでしょう。
ある程度で止まりますよ、そりゃ。
大体今だって、宿や店に入ろうとするたびに扉に帽子が引っ掛かって、始終面倒な思いをしているんですから。
はい、牛乳や小魚を特に摂取したわけでもないのに、何故か身長だけは人並み以上に伸びてしまいまして。
それでもてているんだから、喜べばいいじゃないか?
……誰がいつ、どこでもてたというんですか。
わたしがもてたいのは、この世でたったひとり。
陽射しを受けた琥珀のように輝くあの瞳、薔薇の花びらのように麗しいあの唇。
耳をくすぐる天使の囁き、風に踊る長い髪。
にっこり笑うと覗く小さな八重歯、頬に浮かぶ愛らしいえくぼ、
………ああ、姫様。
はっ、し、失礼致しました。
お客人の前だと言うのに、つい個人的な追憶に浸ってしまって。
ずいぶんとあるじである姫君にご執心のようですね?
正面からそう聞かれて、首を横に振ることの出来ない我が身の厚顔さ、まことにお恥ずかしい限り。
大の男が口を開けば姫様姫様と、はたからみればあまりに無様な姿をさらしていることは、十分承知しております。
このクリフト、本来なればこの身のすべてを神に捧げ、精進潔齋、俗世の関わりを一切断つ謹厳な神官として生きるべき立場。
このような己れでいることを誰よりも悩んでいるのは、他ならぬわたし自身なのですから。
だが、自分の気持ちに嘘はつくことは出来ません。
姫様を想うということは、わたしにとっては草木が太陽の光を求めるのと同じ、この命の存在意義にすら関わること。
姫様がおられるからこそ、愚かで矮小なわたしにも、いくばくかの生きる意味がある。
それゆえこの身がもしわずかでも、生きて誰かのお役に立てているのであれば、
わたしが姫様をお慕いする心とて決して無駄なわけではない、そう思っています。
なんだかややこしいですね?
ふふ、そうですね。
ですが恋とは元来、絡んでもつれた毛糸玉のように、複雑でややこしいものなのではないでしょうか。
不調法なわたしが、数々の恋歌を吟じる詩人さんに偉そうに語るのも、考えてみればおかしな話ですけれど。
貴方をモチーフに、身分違いの王女を想う神官の歌を作ってもいいだろうか?
はい、構いません。
むしろ数多くの歌を吟じて頂けますよう、こちらからお願い申し上げたいほどです。
ほんとうはわたしは、この広い世界中に向かって、歌よりも大きな声で訴えたいのですから。
こんな帽子も十字架も投げ捨てて、あのお方の名前を声を限りに叫びたいのです。
命を賭けて愛してしまったのだと、叫びたいのです。
でも、そうすることは出来ない。
ですが幻想の旋律が踊る歌の上でくらいは、その望みも少しは許されるでしょう。
どうぞ貴方の思うがままに、美しい恋歌をお作り下さい。
神官と王女が結ばれる、幸せなまぼろしの恋歌を。
わたしは貴方がどこにいても、夜空を見上げてはその調べに耳を傾け、妙なる音色が紡ぐ物語がいつかうつつとなることを願い、神聖な祈りを贈ります。
この世のすべての恋する者たちが、どうか幸せであるようにと。
すべての想いが叶いますようにと。
決して自らには許されない祈りを捧げる、
それがわたしの役目です。
それが神の子と呼ばれながら、人を愛してしまったわたしの業。
許されざる神の子供。
宿命の恋のくびきに囚われた神官、クリフト。
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