Listen to!
其の四 Listen to ブライ
やれ、体が痛いわい。
忌々しい若い連中め、少しは年寄りをいたわろうという優しい気持ちはないものか、
いつもとっとと馬車を駆り、砂漠も山も遮二無二越えようとしおって、あの揺れは全く持って腰に悪い。
ん、なんじゃ、そなたは。
吟遊詩人?
流浪の歌うたい風情が、このサントハイム随一の魔法使いブライに一体なんの用じゃ。
ふむ、優れた歌を作るためにわしらひとりひとりに話を聞いて回っている、とな。
ご苦労なことよの。
ならばまずそなたの歌の実力とやらはいかほどか、ひとつ歌ってみせてみるがいい。
わがサントハイムにも世界に誇れし美声の持ち主、サランのマローニと言う歌い手がおるが、はたしてそれを上回るほどの歌が歌えるというのかのう。
世界中のありとあらゆる歌を聞いて来た、わしを唸らせるほどの歌を吟ずることが出来たならば、
このブライ、究極魔法の会得法から夕べの食事の献立まで、どんなことでも話して進ぜようぞ。
なに、では聞きたい曲はなにか、とな?
そうじゃのう。
かのキタジマサブローの「祭り」もよいが、モリシンイチの「お袋さん」も捨てがたい。
ぐっと抑揚のあるところで、ワダアキコの「あの鐘を鳴らすのはあなた」も心震わせる名曲ではあるしのう。
……むっ、もう歌い始めおった。
ほほう、なかなかどうして。
そなた、ふ抜けた面相をしておる割にやりおるな。
して、それは何を歌ったのじゃ。異国の言葉はわしにはわからぬ。
なに、大国サントハイムに長きに渡って君臨する、偉大なる氷の魔法使いを讃える歌?
……ふむ。
時にそなた、腹は減っておるか。
よければ近くの酒場で、よく熟れたワインと串焼き肉の一本でも振る舞ってやらんこともないが。
そうか、腹は減っておらんのか。残念じゃ。食いたくなればいつでもわしに言うがいい。
そなたのような正直で心がけの良い者は、必ずや歌の道でも成功するであろう。
ほっほ。
ん?
そうか、話を聞きたいのであったな。
この旅におけるわしの目的、とな。
ここだけの話じゃが、旅の目的など特にありゃせん。
わしは我がサントハイム王家のご息女アリーナ姫をお守りするためだけに、この旅に同行しておるのじゃ。
まったくあの姫ときたら、見た目は女じゃが中身はどんな男よりも荒くれ者、
一瞬でも目を離そうものなら千の海も山もひとっ飛びで越えてしまう、生まれついてのお転婆なんじゃよ。
この歳でそんな主人を、ひいはあと追い回すわしの身にもなってみい。
主家の王女でさえなければ、首に縄でもつけて木に縛りつけておくところじゃが。
もう一人の、長い帽子の若い従者に任せておけばいいじゃないか、だと?
とんでもないわ。
ある意味、あやつめが最も信用ならんと言ってもいいくらいじゃ。
理由はやつに話を聞いてみれば、すぐにわかろうさ。
あやつの両目の瞳孔には、「我命有限姫様愛続」という印が打たれておるでな。
やつめももう少し気骨ある男に成長してくれさえすれば、なにも全く望みがないというわけではないんじゃが。
この旅にやつめを連れて来た一番の目的は、実はあの柔弱で根暗な精神を叩きなおすというところにある。
うむ、成果は出ておるよ。
サントハイムの教会で、うじうじと姫の隠し撮り写真を眺めておったころに比べたら、随分と面構えがよくなってきおった。
そうじゃな、あのような筋金入りのお転婆姫に惚れる酔狂な男は、この世であやつぐらいしかおらぬであろうしな。
サントハイム施政にいささかの影響力を持つ身として、今後について温かく見守ってやってもよい。
じゃがこのこと、絶対に姫とクリフトには告げるでないぞ。
人間、未知の状況に身を置くからこそ、この上ない成長が見込めるというもの。
つまりあのふたりは何も知らずにわしの掌で、マリオネットのように踊っているも同然なのじゃ!
いいぞ、詩人。
果てなき世界を渡り、行く先々でわしの英知を存分に歌うがいい。
老いてますます輝く才気、唱える魔法は氷とて、心に流るるは火よりも熱き血潮、
賢者の中の賢者、魔法使いブライ。
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