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其の参 Listen to ライアン
お初にお目にかかる、吟遊詩人殿。
それがし、尚武の国バドランドの貴き王宮の警護を以て任ずる、戦士ライアンと申すもの。
なんでも歌を作るための話を聞かせてほしいとのことであったな。
剣を握るしか能のない武骨者ゆえ、あまり楽しい話題などは持っておらんが、それでもよければぜひ協力させてもらおう。
旅の目的?
それはもちろん神に選ばれし天空の勇者殿をお守りし、この世界に仇なす地獄の帝王を成敗すること。
それ以外にはない。
おぬしももうお会いしたことだろうが、勇者殿は特別な力を持つとはいえ、まだほんの子供なのだ。
戦いの上でも、そして人間の上でも、今のままでは巨大な悪に立ち向かえるとは到底言い難い。
この旅の間にあのお方を心身ともに鍛え上げ、ひとりの立派な君子として成長させること。
それがそれがしの役目だと思っている。
まるで父親のようだ?ははは、そうかもしれぬな。
このライアン、未だ所帯を持ったことはなく、もし子があったとしても勇者殿では少し大きすぎるが、
だがきっと親が子供を逞しく育て上げようと心を砕く気持ちとは、こういうものなのだろう。
それがしは魔法を操る仲間たちのように、敵を一網打尽にする必殺技も、また傷ついた体を癒すすべも持たぬ。
さりとて魔物が勘付く前に会心の一撃を食らわせる、かの姫君のような韋駄天の足も持っておらぬ。
また金品管理に武器防具の売買、旅を至極円滑にする天性の商才もな。
吟遊詩人殿。
恥ずかしながら、それがしにはなにもないのだ。
このような身がおめおめと地獄の帝王の前に姿をさらしたとて、きっと嵐の前の塵芥ほどに役立たぬことだろう。
死ぬことは一向に恐れておらぬ。
ただそれがしは、この命が世界のため、世界を救う勇者殿のために役立たぬことをのみ恐れる。
ならば何の能力も持たぬそれがしは、まだ幼い少年である彼に、一体何をしてあげられるというのか?
……答えはな、詩人殿。
まだわからぬのだ。
こうして日々剣を振り続けながらも、時折全てが霧の彼方へ消えてしまうような不安を感じることがある。
今向かおうとしているこの道は、正しいのか?
この身は正しく彼を導いているのか?
わからない。
ただひとつ、この所ほんの少しだけ心を慰めてくれることがあってな。
勇者殿が頻繁に尋ねてこられるのだよ、それがしに。
「なあライアン、お前ならこういう時どうするんだ」「ライアン、お前の意見を聞かせてくれ」とな。
そしてあのお方の聡明な所は、一度聞いた質問は二度としないということだ。
それがしが蒔いた目に見えない種は、彼の未成熟な細い体の中で、今はっきりと芽吹き始めている。
そう信じて、これからも旅を続けていきたい。
そう信じたい。
ずいぶん長々と話してしまった。
おそらくこの旅に何の関係もないおぬしだからこそ、このように正直に胸の内を吐露することが出来たのだろう。
出来れば歌を作るなら、それがしの名前は伏せて下さらぬかな。
ただでさえこのライアン、郷里のバドランドでは愚図だのろまだと仲間うちで嘲られてばかりいるのだ。
だがそれがしはこのようにしか生きられぬ。
このようにしか、生きたいと思わぬ。
それが無能なこの身の矜持。
愚直なる王宮戦士、ライアン。
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