未来
白波の三角錘が海面を踊る。
潮風の香りに目を細めながら、ライアンは静かに甲板に立っていた。
本日の海上の天候は良好。
カモメだろうか、ブーメラン形の羽根をはためかせながら空を飛び交う海鳥の群れが、頭上を横切る。
空も海も、360度見回せるオール・ブルーのパノラマは、そこにあるだけで恐ろしいほどの雄大さで迫り、ライアンに己れのちっぽけさをこれまでになく強く感じさせた。
空は蒼い。海も蒼い。
蒼は色彩をはらみ、命をはらみ、生と死のすべてをしろしめす。
船室のテーブルで、剥き出しの敵意の目で睨みつけて来た勇者の少年の、生きることに必死な緑色の瞳が脳裏によみがえる。
彼は、ここに来てくれるだろうか?
自分の策に乗ってくれるだろうか?
あの少年は、皆が思っているような愚か者ではない。不用意な他人との接触を恐れる分、じつは誰より的確に他人の心を読む。
恐らく、皆の前で敢えてやった自分の挑発の意図を十分に理解していて、のるか反るか、聡明な頭をフル回転させて考えているのだ。
17歳。目上と呼ばれる存在の意見に素直に屈するのが、最も難しい年齢。
ライアンとて、突然年を取ったわけではない。己れも苦しんで年を重ねて来たからこそ、それはよく理解出来る。
(だがな、勇者殿)
見目良く上を向いた口髭の奥の唇が、誰にも知らせない気弱さで呟いた。
勇者殿、拙者とてただの人間だ。
大人も子供もない、ただのひとりの人間なのだ。
拙者はたまたまおぬしより少しだけ先に生まれたから、いかにも人生の師よろしく、もったいぶった言葉を押しつけることが出来る。
だが、本当は不安でたまらぬのだよ。
大人は正しいと、誰が決めた?
大人はまっとうな考えを持つと世間は決めつけるが、じつは子供よりほんの数十年長く生きているというだけの、おぬしと同じ未熟な人間でしかない。
おぬしに渡した言葉が正しいのか、おぬしと共に歩もうと決めたこの道が正しいのか、いつも不安でたまらぬけれど、大人だから誰にも聞くことが出来ないのだ。
だからおぬしと共に歩み、一歩一歩、この目で確かめていくことしか出来ないのだ。
未来の鏡が映しだす、おぼろげな後ろ姿を、不安にさいなまれながら追いかけることしか出来ないのだ。
踏み出したこの足が辿り着く未来の自分へ、懸命に手を伸ばしながら。
迷い、悩み、もがき続けるこの身が、どうか正しく生きられていますようにと祈りながら。