未来
「それでは早速今日から、勇者殿には我らの戦いのリーダーとなって頂こう」
ライアンは確認するようにテーブルを囲む仲間たちの顔を見渡すと、再び勇者の少年に視線を戻した。
「だが、その前に」
「まだなにかあるのか。さっさと言え!」
ライアンは「まあ、そう噛みつくな」と苦笑した。
「拙者とて、おぬしに戦いの長を命じた責任がある。
戦闘中に策を弄じてなお、前線で剣を振るえる力を持つかどうか、この手で確かめてやろう。食事を終えたら手合わせだ。甲板に来い。
ただ、さきほど拙者に腕をひねりあげられて、おぬし自身が一番よく判ったであろう。
今の小鳥のような食の細さでは、どれほど剣技に自信があろうとも、おぬしは決して拙者に勝つことは出来ぬぞ。
バドランドでは剣技や武術の腕を鍛えるほかに、食い稽古というものがある。戦士一人が三人分の食事を摂り、その代償に百人力の働きを見せるという習わしだ。
むろん、飢えに耐える鍛練も怠ってはならぬ。だが真に重要なのは、食べる、食べないではない。状況にすばやく体を迎合させる柔軟な適応力だ。
戦で力を発揮するため、いつなん時、どのような精神状態でも食べられる。また、最低限しか食べずとも耐えられる。
戦士にとって食事とは単なる体力維持の一手にあらず、重要な職業技能のひとつなのだ。
強くなりたい時ほど、守りたいものがある時ほど、食べねばならぬ。滋養を蓄えねばならぬ。
やがて襲い来る戦いで、己れのうちに眠る力の全てを出し尽くせるようにな」
勇者と呼ばれる少年は身動きひとつせず、黙ってライアンの言葉を聞いていた。
「では、甲板で待っているぞ」と言い残して微笑み、ライアンはくるりと踵を返した。
戦闘用の鉄の長靴を履いた足音が小さくなる。
船室の扉が閉まり、靴音が完全に途絶えると、少年はなにを思ったのか、両脇に並べられたナイフとフォークを手にした。
仲間たちが自分を凝視していることに気づきみるみる表情を硬くするが、不愉快そうな顔で彼が次に取った行動に、皆は目を疑った。
ナイフとフォークを投げだし、木籠に盛られたパンに手づかみでがぶりと噛みつく。
空いた片手に骨付きの肉を握り、こちらにも噛みつく。猛然と始められた食事に、仲間たちはぎょっとして口を開けた。
勇者の少年は皆が呆然とする中、物も言わずにひたすら目の前の料理を食べ続けた。
その目はなにかと必死で戦うように、白い湯気が浮く宙の一点をじっと見つめていた。