未来
季節は間もなく春に差し掛かろうとする、あるよく晴れた日の朝。
八つの灯たる導かれし者たちがようやく揃い、一行は天空の兜を求めて船の針路を北に取り、新天地のスタンシアラへと向かっていた。
純白の三角帆も雄々しいコナンベリー製キャラベル船は、仲間たちを乗せて順調に速度を上げる。
海は蒼く美しく輝き、太陽は己れの勇壮さを誇るように、季節外れの陽光で甲板を照りつけた。
皆がめいめい船室に入り、朝食の席に着く。
顔を上げるやいなや、目の前に置かれた料理の多さに、勇者の少年は露骨に嫌そうな顔をした。
背の高い杯に並々と注がれたミルク、野菜の入った温かいスープ。山盛りのパンにハム、塩漬けの魚まである。船旅のさなかにしては豪勢過ぎる食事だ。
かつて故郷を喪って以来、味覚に変異をきたしている少年にとって、食べることは非常に辛い義務のひとつだった。
だからいつも、戦うために必要な最低限の量しか摂ろうとしない。誰よりも遅くテーブルに着き、誰よりも早く立ち去る。無論、仲間と食事中の会話を楽しむこともない。
「なんだ、この量は?今日の食事当番は誰だ。朝からこんなに食えるか。
トルネコ、俺の分も代わりに……」
「青二才の小僧殿、減らず口は止めよ」
その時、鞭のような厳しさをはらんだ声がうむを言わせず遮った。
「当番が誰であろうと関係ない。体力自慢の剣士ならば、朝からこの程度の量の食事は楽に片づけるものだ。
それに拙者は、食えるかどうかなど聞いておらぬ。旅の食糧には限りがある。
食卓についた以上、出されたものは残さず食べるのが義務であり、礼儀だ」
常日頃から鋭く引き締まった面立ちに、より一層隙のない厳格さを滲ませて歩いて来たのは、ライアンだった。
勇者の少年の真後ろに立つと、どん、と音を立ててテーブルに新たな皿を置く。
湯気をもうもうと立てる、焼きたての骨付き肉。焦げた脂も香ばしく、育ち盛りの子供なら目を輝かせてかぶりつきそうな代物だ。
だが少年は眉をひそめただけで微動だにせず、振り返ってライアンを見ようともしなければ、皿のわきに並べられたナイフもフォークも一向に手にしようとしなかった。
「どうやら勇者殿は、何か勘違いをしておられるようだ。我らは暇つぶしに世界一周旅行に出ている仲良しの一団ではない。
地獄の帝王を倒す、という使命を担っている仲間。いわば大義の同志なのだぞ。
それがどういうことだ、たったひとりだけ満足に食事も取らず、この弱りようは?」
ふいに背後から荒々しく腕を掴まれ、少年は顔色を変えて振り払おうとした。
「触るな!」
だがライアンは力を緩めず、少年の腕を素早く背中にねじり上げた。
「離せ!」
「なんだ、この鳥ガラのような細腕は?よくもまあ、これで世界を救う勇者などと偉そうに名乗れたものだ。
この一行に加わってまず一番の驚きは、あれほど探し求めた救世の勇者が、まるで瀕死のクラゲのように青白く痩せた小僧だったことだ。
また、その小僧の勝手気ままな傍若無人ぶりを、大の大人がこれほど頭数を揃えていながら、誰ひとりとして咎め立てておらぬということだ!
この一行の座右の銘は、触らぬ神に祟りなし、か?だがこの少年は勇者であっても、神ではない。この世に生きる人間だ。
己れの弱さに迷い、間違い、時に救いを求める、生身のただの子供だ!」
テーブルに横並びに並んだ仲間たちの顔が、一斉に気まずそうにこわばった。
勇者の少年はそれを見て、どこかが痛むような表情を浮かべ、さっと顔をそむけた。
いつも無愛想で無口、笑顔を見せることもなければ、気付くとその場をいなくなって離れた所にひとり佇んでいる緑色の目の少年。
皆と徹底して距離を保ち、無理に近づけば牙をむいて吠える手負いの獣のような所業に、最初は困惑し、怒りを覚えた仲間たちも、いつのまにか彼に対して文句を言うことを止めていた。
導かれし者たちの誰もが大人と呼ばれる年齢に近づき、またとうにそれを越えている。
他人に意見すればすぐに欠点を直せると思うほど、ただただ純粋に生きてきたわけではない。
日一日と旅を続けていくうち、いつしか皆は勇者の少年の勝手な振る舞いを諦め、それによって彼と仲間たちのあいだに不思議な調和が生まれていたのである。
他人行儀、という名の調和。
だが今、その調和をひとつひとつ壊して行こうとしているのが、数日前から新たに旅の一員として加わった、バドランドの王宮戦士ライアンだった。