光の朝、そばで


「たわごとなどではありません。伝えたいのです。

もしも人の子の命が滅び、器である身体が朽ちたとしても、思いをたたえた魂は、この世界で必ず永遠に生き続けるのだと。

気付いて下さい、貴方を包む数多くの心の存在に。

不幸にもこの世界を旅立った、貴方を最も愛する魂たちは、今は既に安らぎを得て光となり風となり、いつだってあなたを見守っているのですよ。

気休めなんかじゃない。貴方なら感じる事が出来るはずだ。

大地を吹き渡る風に滲む、かの人の優しい微笑みを。

流れる川のせせらぎと共に輝く、かの人の温かな眼差しを。

貴方は決して独りで生きているんじゃない。貴方の身体には、貴方の大切な魂すべてが住まう。

それを知った時こそ、初めて貴方は選ばれし勇者として戦うことが出来るんです」




(ねえ、わたしたちずうっと、このままでいられたらいいね……)




(……いるのか、シンシア?)

(いつもみたいに、たくさんの花を抱えて笑いながら、今も俺のそばに)

(だとしたらお前、こんな俺を見て一体なんて言ってる?)

(父さん、母さん)

(強い男であれ、なにものにも負けない逞しさと、勇気を持った人間になれと、口癖のように言ってた)

(俺は)


(俺は……)


広げた掌を見つめる。


小刻みな指先の震えが、少しずつ消えて行く。


「この世界には、貴方の村と同じように魔物に虐げられ、罪もなく犠牲となる人々が今日も溢れています」

神官は厳かに言った。

「それを止める事が出来るのは、世界中に貴方しかいない」

「剣もまともに握れず、満足に眠ることだって出来やしない俺にか」

「大丈夫です」

神官は微笑んだ。

「剣が握れなければ、わたしが共に手を添えます。

眠れなければ、わたしが夜が明けるまでおそばにおります。

仲間を信じ、傍にある魂の存在を信じて下さい。あなたは決してひとりじゃない」

「……ふん」

瞼の奥が熱くなる。

「たいした世話好きだな。ならせいぜい、気が済むまでお前を利用してやるよ。

後からもう嫌だと文句を言っても知らねえぞ。覚悟しておけ」

込み上げる涙をごまかそうとぶっきらぼうに言い放つと、目の前の神官の蒼い瞳に、まるで雲間から陽光が差し込むように、

ようやく繋がり合えたことを理解する、確かな喜びに満ちた光が宿った。



「はい、勇者様」







黄金色の朝陽が緑を照らし、風にそよぐ木立が鳥たちのさえずりを運ぶ。

誇らしげに花弁を広げては、美しさを競う花々。

大気は甘い芳香に満たされ、空気そのものまでが淡く色づくようだった。

柔らかな春の若土を踏むと、しゃり、と軽やかな音が響く。

(シンシア、ここは花でいっぱいだ。

これだけあれば母さんと一緒に、大好きだった花びらのジャムが山ほど作れるよな)

闇に塗り込められた夢は、相変わらず襲って来る。

手足の震えも耳鳴りも、まだ消えてはいない。


だけど。


(お前が大好きだった花の咲く大地を、父さんが佇んだ小川の清らかさを。

母さんが料理を作って待っている、あったかい故郷のぬくもりを、俺は守りたい)

例え独りで剣を握ることすら、今は出来なくても。

「行くぞ」

後ろを確かめずに呟くと、弦楽器のように低く穏やかな声が、まるで魔法のようにすぐに返って来る。

「行きましょう」

振り向かずに歩く。

重なる足音が背中を押す。


(俺は、ひとりじゃない)


天空から舞い降りる光のベールが、羽根のように優しく身体に纏いつくのに気付くと、懐かしい温もりがちゃんと傍にあることを知り、少年は静かに微笑んだ。





-FIN-

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