光の朝、そばで
「魔物を斬る瞬間、肉を断つ手応えが腹まで伝わって来る」
勇者の少年は目を伏せて言った。
「吹き出す血や崩れる身体を見ていると、こうして皆も殺されていったんだと思う。
苦しみながら泣き叫びながら、みんな殺された。
俺の大切な奴等は、独り残らず全て。
あんなに笑ってたのに、毎日静かに、ただ穏やかに暮らしていただけなのに。
皆が無抵抗に殺されて行く間、俺は地下の倉庫で酒樽に囲まれて、扉の隙間から悲鳴を聞きながら、赤ん坊みたいに不様に震えていただけだった。
みんな俺のせいだ。俺さえいなければ、誰も死ぬことなんてなかった。
父さんはきっと、今日も釣りをしてただろう。
下手くそでいつもろくに釣れやしなかったけれど、川べりに座ってうたた寝するのが、すごく好きだったんだ。
母さんの作る弁当は、いくつだって食べられるくらいうまかった。いつもシンシアと二人でつまみ食いした。
優しくて、でも厳しくて、曲がった事は決して許さない自慢の両親だった。
それが父さんも母さんも、実は俺の本当の親じゃないんだってさ。
よりによって、最後の最後に交わした言葉がそれだ。
じゃあどうして父さんと母さんは、実の子供でもない俺のために死ななきゃならなかったんだ?
どうして俺のせいで、シンシアは身代わりになって死ななきゃならなかった?
俺のせいで皆が死んだ。
俺さえ、俺さえいなければ、誰も」
はっ、はっと、呼吸が再び荒く乱れ始める。
クリフトは駆け寄り、苦しげに折り曲げた身体に腕を回して背中をさすった。
「勇者様」
「勇者なんかじゃない」
血だらけの手負いの獣の咆哮のような、悲痛な叫びが漏れる。
「俺は勇者になんかなりたくなかった。誰にも死んでほしくなんかなかった。
なあクリフト、苦しいんだ。
身体がばらばらになりそうで、息を吸うのも辛い。
朝日を浴びることも、大地を踏み締めることも、なにもかも俺だけが今この世界に生きていることが苦しい。
逃げ出したい。戦いたくなんかない。
世界なんか救いたくないんだ!」
叫ぶと破裂してしまいそうなひびだらけの感情を、必死に抑え込むように口をつぐむ。
「……でも、駄目だよな」
一瞬の沈黙の後、ぽつりと落とした力無い言葉に、傍らに寄り添う神官はそっと首を振った。
「世界なんか救わなくたっていい。どうか、自分を追い詰めないで下さい。
今貴方が救うべきなのは世界ではなくて、貴方自身のそのお心です」
「いかにも聖職者の言いそうなたわごとだな」
不意に苛立ちが込み上げ、少年は鼻先で冷たく笑う。
「役にも立たない神様とやらの、最もらしい気休めを言えばいいとでも思ってるのか」
「そうではありません」
蒼い目の神官はにこりともせずに言った。