光の朝、そばで
「大丈夫ですか?!」
激しく身体を揺すぶられ、はっと目を開いた。
オレンジ色の蝋燭の明かりに照らされた薄闇の中、澄んだ蒼い瞳が心配げにこちらを覗き込んでいる。
喉がひりつき、氷のように冷たい汗が全身を包んでいた。
顎先に水滴がしたたり、自分が大量の涙を流していたことに気付いて手の甲でぐいと拭くが、その手も小刻みに震えてうまく行かず、合わさる歯がかちかちと音を立てる。
意識が混濁している。
粘り着くような重い闇に飲み込まれる夢が毎晩襲って来、叫び声を上げてうなされる自分に気付いてからは、宿の部屋は必ず独りで取るようになった。
まだ出会ったばかりの仲間達は、なんと我が儘勝手な勇者であるかと、みな一様に眉をひそめていることだろう。
そんな中、このサントハイムの王女の従者だという背の高い若い神官だけが、なにか思う所があるらしく、やたらと近付いて来ては、何か言うわけでもなくそっと後ろに控えている。
熱を確かめようとしたのか、額に伸ばして来たその手を乱暴に振り払う。
「触るな」
神官は特に傷ついた様子もなく、静かに手を引っ込めると、黙ってじっと自分を見つめた。
思慮深そうな海の色の目。
苛立ちが募る。
何も失っていないくせに、他人の苦しみを理解しようとするその驕りが、たまらなく憎い。
「水を飲んでください。それからこの粉末も。
気分が落ち着いて、眠れるようになります」
「いらない。失せろ」
差し出された銀杯と紙包みを突き返すと、思いのほか力が入り、杯はがしゃんと音を立てて落ち、冷えた水が木の床に勢いよく散らばった。
ゆるやかに覚醒する感情の中、苦い後悔と残酷な快さが同時に込み上げる。
神官は杯を拾い上げると、再び水差しから水を注ぎ、黙ってまた自分の前に差し出した。
翡翠色の目と、海の色の目が交じり合う。
もう一度抗おうか一瞬迷ったが、顔を背けたままおとなしく受け取り、紙包みを開いて水と一緒に喉に流し込んだ。
香草が混ぜてあるのだろう、強い渋味のあとに鼻に抜ける爽快感が立ち上る。
ひといきで飲み下した物が胃にたどり着いた頃には、ゆっくりと汗が引き、嵐のように激しく暴れていた動悸がおさまっていくのが解った。
「……悪い。八つ当たりだ。みっともないな」
片膝を立て、額を埋めて目を閉じる。
前髪から伝い落ちた汗が、くしゃくしゃに歪んだシーツに染み込んで行く。
「いえ」
「お前はどうせ、気付いてたんだろ。もうずっとこうなんだ。
眠れない。夢ばかり見ては何度も目が覚める。
昼間も耳鳴りがして、突然音が聞こえなくなる。いつも吐き気がして、飯を食うのも辛い。
剣を……剣を持つのも駄目なんだ。
腕が震えて仕方なくて、両手で支えながら突きを打って、なんとか皆をごまかしてるけどな」
堰を切ったようにこぼれる言葉に自分で驚きながら、だが不思議と心が軽くなるのを感じて、気付けば勇者と呼ばれる少年は、まるで誘われるように語り続けていた。