星を視る者、漂う者
「……ミネア、ミネア!」
勢いよく肩を揺さぶられ、はっと目を開ける。
眠りが破られ、瞬きを繰り返すうちに、視界を覆っていた白い霞が去る。
のろのろと視線を上げると、しゃがみ込んでこちらを覗き込んでいるマーニャの顔が、すぐ間近にあった。
「姉さん……?」
マーニャはほっとして妹に笑いかけた。
「ただいま。夜祭り、無事に終わったから今帰って来たわ。
どうしちゃったの?こんなところで寝ちゃって、あんたらしくもないわね。疲れてるって言ってたけど、そんなにしんどかったの?
クリフトに頼んで、薬草を貰って来ようか」
心配そうな姉の頬は、だが美しく上気し、夜の街の繁華を存分に楽しんで来た者特有の高揚が窺える。
寒さをものともせずあらわな肌は、花火の火薬と葡萄酒の香り、屋台の料理の香り、潮の香り、様々な香りの混じった、祭りの賑わいの残滓をまとっていた。
ミネアは瞼をこすり、夢から醒めたような気分で辺りを見回した。
宿の二階の東端。
ここは、ミネアとマーニャふたりに割り当てられた部屋の前だ。
通路に設置された休憩用のソファに深々と体を預け、眠っていたらしい。
(さっきまで酒場にいたはずなのに……。わたし、いつのまに……?)
ミネアははっとした。
「そうだわ。勇者様は?」
「勇者ぁ?あいつがどうかしたの」
マーニャはきょとんとした。
「帰って来てから全然見ないわよ。いつもの通り、ひとりでどこか散歩にでも行ってるんじゃない。あいつがいないのなんて、今更珍しくもなんともないでしょ。
それよりミネア、ずいぶんあったかそうなローブを着てるのね。
もしかして、やっぱり祭りに行きたくなって、後から追いかけてきたりとかした?」
マーニャはすまなそうな顔をした。
「あたし、待ってればよかったね。ひとりで置いて行っちゃって、ごめんね。ミネア」
「ううん、大丈夫よ」
ミネアは微笑んだ。
「わたしには口があるんだもの。行きたい時は、ちゃんとそう言うわ。
姉さんは自分の好きなようにしていいの。一緒に楽しみたい時は、わたし、ちゃんと追いかけるから」
「……そっか。なら、よかった」
マーニャは目を細め、「そうだわ」と顔を輝かせて、腰に巻いていた袋にごそごそと手を突っ込んだ。
「これ、おみやげよ。ミネア」
コルクで蓋をした、小さなガラス瓶を渡される。
掌にそっと乗せて目を凝らし、ミネアは首を傾げた。
「なあに?これ」
「星飴よ。屋台で売ってたの。異国の古代語で、金平糖とも言うんだって。面白い形をした飴でしょ。
まるで星屑を食べるみたいで、ミネアならきっと好きだろうなって思って。この大きさなら行軍中のおやつにも持って来いじゃない?
ふた瓶で五ゴールド。あたしの分もあるのよ。安いわよねえ」
マーニャがもうひとつ、ひとまわり小さなガラス瓶を取り出し、おどけるように顔の横で振ってみせる。
瓶の中でカラフルな星型の粒が音を立て、ミネアは目を見開くと、やがて黙って苦笑した。
……ほら、やっぱり姉さんはずるい。
そうやってまた、さりげなく大きい方の瓶をわたしに譲ってくれるんだ。
遠慮というとてもひそやかな優しさで、いつも姉は妹より一歩先をリード。
甘やかされる嬉しさと決して追い抜けない悔しさは、わたしが妹である限り、わたしたちが姉妹である限り、一生消えないのかもしれない。
「クリフトのところに行って、薬草を貰って来るわね。待ってて」
マーニャは歩き出しかけて、足を止めた。
「あー、でもあの調子だと、今頃まだアリーナと一緒かもなぁ。
夜のお祭りって、男女を親密にさせるのねえ。あのふたり、パレードが終わって花火が鳴ったら、妙にいい雰囲気になっちゃってさ。
ねえクリフト、はいアリーナ様って、やたらと名前を呼び合って、顔を見合わせてはにこにこして、関係ないあたしたちはあてられるったら」
「ミントスでクリフトさんが倒れられてから、まだそれほど間がないもの。
病気という試練が、主従を越えてふたりの心を近づけたんでしょうね」
ミネアはほほえんだ。
なぜか全くと言っていいほど、嫉妬も不満も感じなかった。
「あのふたりはきっと、ずっとああよ。旅が終わって、祖国に帰ってもずっと」
「ふうん……えらくきっぱりと言いきるのね。それって、占いで解ってる未来なの?星を視るとそういう卦が出てるわけ?」
子供のように素朴に疑問を口にしたマーニャに、ミネアはくすくすと声を立てて笑った。
「そんなこと、わざわざ星を視なくたって誰の目にも解ることでしょう。
でも、不思議ね。恋のゆくえは、渦中のふたりには決して解らない。
銀河を漂う星には、自らの放つ輝きが決して視えない。
空を漂う者はいつも、運命の行く先が解らず不安になるけど、本当はちゃんと誰の目にも映る、自分だけのまばゆい光を放っているの。
何光年も先の未来を照らす、うつくしい星の光を。
わたしにはそれが視えるわ。だってわたしはたった今、この時に輝く星を視る者なんだもの。
これまでも、これからも、ずっと」