星を視る者、漂う者
ゆらゆらと、体が揺れる。
(ん……?)
流れの不明瞭な川底に沈み込む砂つぶになったような、頼りなくゆらゆら揺れ動く感覚。
閉じた瞼に意識が降りて来ると、体が上下に揺れる規則的なその振動に気付く。
懐かしいような切ないような、律動するリズム。全身を包む慨視感。
これはなんだったろう、と考えようとして、ミネアは思い出した。
そうだ、おんぶだ。
誰かがわたしをおぶって、歩いている。
……姉さんかしら?
小さい頃、ベッドで寝るのが嫌だ、毎日ひからびたパンばかりの食事は嫌だと駄々をこねるたび、姉のマーニャは背中を向けてその場にしゃがみ込み、こう言った。
ほら、ミーネア。
こっちにおいで。
お姉ちゃんがおんぶしてあげるからさ、ねえ、もう泣きやみなよ。
ああ、それなのに。
それなのにわたしはどうしていつも、あんなに優しい姉さんに困ってるって振りばかりしてしまうんだろう。
たったひとつしかないベッドの真ん中をわたしが遠慮なしに占領するから、姉さんは毎晩、隅っこで窮屈そうに身を縮めて眠っていたのに。
貧しい暮らしのなか、ようやく手に入れたパンも果物も、姉さんは必ず大きい方をわたしにくれたのに。
まるで双子のようにずっと寄り添って生きて来た姉が、己れの力で未来を拓こうと、ある日突然モンバーバラに旅立ってしまったことを、わたしはひそかに妬んだ。
帰ってくるたびにその美しさを増していき、もともと奔放だった彼女が踊りという転職を手にして、水を得た魚のように生き生きと輝くことに、わたしは嫉妬した。
いいえ、嫉妬じゃない。
寂しかった。
あんなにずっと一緒だったのに、わたしひとりだけ置いてけぼりにされたみたいで。
わたしひとりだけ、何の取り得もないみたいで。
わたしはお姉ちゃんみたいに明るくないし、綺麗じゃないし、踊りも踊れないし、誰からも好かれる社交的な人間じゃない。
小さな頃からずっと、今もずっと、わたしは姉さんに嫉妬して、羨んで、苦しくて、悔しくて……。
それでもずっと、ずっと、誰よりも大好きだった。
わたしが泣いていると、必ず駆け寄って来ておんぶしてくれる。
眠れない夜は、背中にわたしを抱えて外を歩き、星空を見上げては指差した。
ほら、ミネア。
見えるでしょ。きれいなお星さまだねえ。
知ってる?あたしたちが今見てるお星さまってさ、本当はずーっとずーっと昔にかがやいた、今はもう無い光なんだよ。
だったらたった今、この時にかがやいているお星さまを視ることが出来るひとって、この世にはいないのかな。
ほんとうの星の光を視ることが出来るひとって、誰もいないのかな。
無垢な、でも奇妙に切実な響きをたたえた呟きに、いるよって答えてあげたかった。
でも、いるのかどうかも解らなかったから、どうしたらいいだろうと迷った末に、わたしはこう口に出していた。
じゃあ、わたしがなるよ。お姉ちゃん。
お星さまのほんとうの光を視るひとに。
星を視る者に。
よろめきながら歩くたび、小さな背中が波のようにゆらゆら揺れて、うっとりしそうなほど心地いい。
答えを待たずに眠りに引きこまれていくわたしの耳に、遠くから朗らかに笑う声が響いた。
そうかあ。すごいね、ミネアは。
だったらあたしは、お星さまを視るひとじゃなくて、かがやくお星さま、そのものになりたいな。
どんなに苦しいことがあっても笑って、泣きたい時も歯を食いしばって笑って、いつもきらきら、かがやいていたいな。
あたしがお星さまになったらさ、もしもいつか離れ離れになっても、ミネアはあたしを見つけてくれるよね。
ずっといっしょにいられるよね。
ねえ、ミネア。
ミネアったら。
……寝ちゃったの?
「……寝てないよ、姉さん……」
心地良さにたゆたいながら頬をもたせかけた背中は、幼い頃の記憶とは違い、広くて硬くて、引き締まっていた。
姉の背中で揺られたおぼつかない歩みとは違う、すたすたと力強く土を踏む足音。
同じリズムで体が揺れ、そのたびに自分のものじゃない誰かの柔らかい髪が、羽根のように額をくすぐる。
「……う、ううん……」
むずがるように身じろぎすると、足音が一瞬止んだ。
振動が止まり、誰かが振り返る気配がして、耳のそばで声が静かに囁いた。
大丈夫だから、もうすこし、寝てろ。
足音がまた鳴り始める。
体が波のようにゆらゆら揺れる。
胸が安堵で満たされる。
ミネアは目を閉じ、再び眠りに落ちて行った。