星を視る者、漂う者



そして、それからいつのまにか二時間が経過した。

あれほど気まずく、重苦しく感じたふたりきりの時間さえ、酒の力を借りると時計の針を早回ししたように、あっという間に過ぎてしまう。

常日頃飲まないミネアにとって、それはまるで魔法。

突如もたらされた一夜の奇跡のような、不思議な出来事だった。




「だからぁー、わたしは子供の頃からそうやって、姉さんの尻拭いばかりさせられて来たんですぅー。

なのにあの人は、そんなわたしの陰の努力なんて知らんぷりでいつも能天気。

ほんっとーにもう、嫌になっちゃうんれすよねぇぇー……」

「……ふーん」

テーブルに突っ伏し、ろれつの回らない口調でこぼし続けるミネアを、勇者の少年は黙って杯を傾けながら眺めていた。

ほんの一杯ですっかりいい気分になり、やがて二杯が三杯。三杯が四杯。

そのうち足りなくなってもうひと瓶、次はもっと強いのをお願いしますわ、と即席の酒宴は興を上げ、ひと息に飲み干すペースは加速するばかり。

胃の底がかっと熱くなると、理由もなく爆発的に楽しい気分が襲って来て、若干困惑気味の勇者の少年を気にも留めず、先ほどの沈黙が嘘のようにミネアは喋りまくった。

熱く語った思い出は幼少時代に端を発し、プロローグは、コーミズ村での質素な田舎暮らしのこと。

錬金術の実験に没頭するあまり、幼い娘ふたりをほとんど顧みることのなかった父エドガンのこと。

華やかな成功を求め、新天地モンバーバラにひと足先に旅だった、姉マーニャのこと。

姉に置いて行かれたくなくて、生まれながらに持っていた霊能力を糧に、占い師として身を立てようと必死に占星学に打ち込んだ頃のこと。

父を無惨な裏切りで殺された、あの日のこと。姉妹で堅く復讐を誓ったあの日のこと。

見事追討を成し遂げたのに、虚しい心の空洞は消えず、姉と抱きあって声をあげて泣いたあの日のこと……。

陽気に始めた回顧録は、いつしかやるせない悲しみを呼び、笑い上戸から泣き上戸へと変貌したミネアは、ついに両手で顔を覆ってえっえっと泣き始め、さすがの勇者の少年もこれには辟易した。

「おい、泣くならもう飲むなよ」

「なっ、泣いてなんかいませんよぉ~。仮にもわたしは冷静沈着の占い師、ミネアですよ。

人前でみっともなく泣いたりするわけないじゃないですかぁ……ううっ、うええっ。ええーん!」

「なんなんだよ、お前……。タチ悪ぃな」

勇者の少年はため息をつき、飲みかけの酒杯をテーブルに置いて、仕方なさそうに泣きじゃくるミネアの前へ身を乗り出した。

片手を軽く上げると、低くなにかの呪文を唱える。

ミネアの顔の周りを、楕円形の光の輪が弧を描いて踊る。光はそのままミネアの額に向けて、吸い込まれるように消えた。

「……今、なにをしたの?勇者様」

ミネアが泣くのを止め、座った目で少年を睨んだ。

「いくらわたしが可愛く酔っ払ってるからって、おかしな気を起こそうものなら、たとえ勇者様でもバギクロスですからねぇ」

「馬鹿か、お前は」

勇者の少年は呆れたように首を振ったが、その口調はいつもよりずいぶん柔らかかった。

「ホイミを弱体化させて掛けた。酒の酔いは消えないが、意識はさっきよりはっきりする。

飲むのは自由だが、泣くな。泣きたければ宿の部屋に戻って、ひとりで好きなだけ泣け」

「あなたってほんとうに、どこまでも冷たいのね。勇者様」

ミネアはぷっと頬を膨らませた。

「お優しいクリフトさんなら絶対に、そんな突き放すようなことは言わないのに」

「そりゃ悪かったな。じゃあ次からは、あの悪魔神官を誘って飲め。

でもあいつは下戸のうえ、お前と酒を飲むより、いとしの姫御前にぴったりくっついてる方を選ぶだろうけどな」

ミネアはぴたりと口をつぐんだ。

勇者の少年はミネアの表情の変化に気付くと、しまったというように眉をしかめた。

「……あ、ごめん」

「そんなこと……、そんなことあなたに言われなくたって、解ってる。心の底から解ってるのよ」

ミネアの顔がくしゃっと歪んだ。

「なによ!この冷血男。ごめんで済んだら、神様も精霊ルビス様もいらないのよ!

勇者様の意地悪。デリカシー無し。馬鹿!馬鹿ぁぁーー!!」

店じゅうに響き渡るすさまじい泣き声に、騒がしい客も給仕係もぎょっとして皆振り返る。

勇者の少年は困り果てて立ち尽くし、わあわあと盛大に泣き続けるミネアの横で、深いため息をついて宙を見上げた。

「……勘弁してくれよ。こういう時、一体どうすればいいんだ?

酔っ払いの介抱の仕方なんて、俺にはわかんねーや。


助けてくれ……シンシア」
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