星を視る者、漂う者


「愉快な話、か……」


勇者と呼ばれる少年は独りごち、美麗な首を困ったように傾けた。

両腕を組んで悩む様子があまりに真剣なので、ひょっとしたら彼はすごく真面目な性格なのかもしれない、とミネアは思う。

そして同時に、無口な人間とは、ただそれだけで損をするのだな、とも。

文化の花開く街モンバーバラには、自己表現出来る者ほど優れた人間だという気風があり、「歌わない鳥は馬鹿だ。喋らない人間は、もっと馬鹿だ」ということわざがある。

気持ちを言葉に置き換えて伝えることが上手い者ほど、人間としての度量が大きいと評価される傾向にあるのだ。

だが考えてみると、いったい誰がどうしてそう決めたのだろう?

勇者の少年の無愛想さも、言ってみればひとりの人間の立派な個性だし、大体がミネアとて、とりたてて陽気に喋るほうではない。

他人との会話を盛り上げるため、たいして興味のない話を面白おかしく脚色し、上っ面で笑うのは疲れる。

言葉が途切れ、沈黙が落ちる気まずさから逃れるため、必死で話題を探すのも疲れる。

だが、日々の暮らしにこれといって目覚ましい変化はなく、無理に会話を弾ませようとすれば、それはどうしたって愚痴や、他人の噂話になってしまう。

ミネアは子供の頃から、噂話が嫌いだった。

とくに占星術の能力を持つ自分は、決してやってはいけないことだと思っていた。

だから、どこの誰がどうした、あの家のあいつはああだ、という友人たちの口さがないお喋りの輪に上手くとけこめず、コーミズ村では親しい友達をほとんど作ることが出来なかった。

無理をしなくても付き合える友達が欲しい。

でも無理をしたっていいから、独りになりたくない。

一体どちらが正しいのかという疑問は、澱(おり)のように油膜をたたえ、ミネアの心にいつも重しをつけて沈んでいる。

だが、目の前の勇者と呼ばれる少年は、違う。

あらかじめそんな葛藤から一切解放されているかのように、常に自分のしたいように振る舞い、喋りたくない時はいっさい喋らない。

こうして仲間たちが揃って夜祭りに出かけても、行きたくなければ行かない。

他人の意見に左右されず、ひとりで過ごすことをまったく厭わない。

集団生活を行う旅の渦中で、彼の行動は時に我儘勝手に思えたが、同時に、他人の動向我れ関せずといった少年の立ち居振る舞いが、ミネアにはなんとなく粋に映ったのも確かなのだった。

「ごめんなさい」

難しい顔で考え込んでしまった少年に、ミネアは言った。

「今のは、なしです。冗談ですわ。こういう話の振り方が一番人を困らせるのを知っていますのに。

パノンさんじゃあるまいし、愉快なお話なんて、しようと思ってとっさに出来るものじゃありませんよね。

じつはわたし、人と膝を突き合わせて話すのが苦手で。占いを視ている時は平気なんですけど、それ以外は駄目。何気ない世間話がうまく出来ないんです。

なんとかして、相手を楽しませる話をしなきゃって身構えてしまって。ひとりで勝手に疲れちゃうんですよね。

だからほんとうは、さっきから緊張のし通しだったんです。他人を気にしないあなたが羨ましくて、つい嫌な言い方をしてしまいました。

ごめんなさい、勇者様」

「いや……。べつに、いいよ」

突然のミネアの告解に、勇者の少年は答えに窮するように目を逸らした。

手元の杯を握り、すれすれまで満たされた酒をぐっと干すと、しばらくしておもむろに言う。

「ミネア。お前は絶対に、トルネコにはなれない」

「えっ?」

「お前は商人にはなれないって言ったんだ」

ミネアは目を丸くした。

「はぁ……な、なにをいきなり……どうしてですの?」

「それはお前の、今の職業が問題だからだ」

「え?」

それっきり勇者の少年は黙り込み、無表情のまま再び酒の杯を口に運んでいる。

出し抜けに言われ、わけがわからないミネアの頭の中に「???」が列をなして並んだ。

わたしが、商人にはなれない?どういうこと?

職業が問題って、占い師だから?

占い。

うらない。

はっとしたミネアの脳裏で、金色の星がにわかにぴかっと光る。


そうだわ。占い。

うらない。



売らない……!!




突然投げられたその言葉が、無愛想な勇者の少年がたった今ひねり出した精いっぱいの「愉快な話」なことに気付くと、ミネアは唖然と口を開けて少年を見た。

勇者の少年はミネアと目を合わせると、気まり悪げに唇を噛み、怒ったように横を向いた。

喉を逸らして、ぐいっと杯を干した美しい横顔に、酒のせいだけではない赤い色が昇り、みるみる耳朶まで鮮やかに染まった。
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