星を視る者、漂う者


すぐ近くにいるのに、耳をそばだてないと相手の声が聞こえない、酒場の喧騒。

かつて姉のマーニャと共に、食事と情報集めを兼ねて、モンバーバラの酒場に出向いたことは幾度もあった。

だがあの街の酒場はどちらかと言えば、黙って静かに酒杯を傾ける者が多い。

大声で歌い、騒ぎたい者たちは、技芸者が出演する劇場へと赴いてしまうので、どれほど客が酔っていていも、ここまで騒々しくなることはなかった。

海辺の町は、賑やかだ。海神に愛された人々の命は巡る潮に洗われ、みずみずしく陽気な活力に満ちている。

国によって、街によって、人々の暮らしは違う。酒場ひとつとっても、こんなに雰囲気が違う。

そこに住む人々の気風をそれぞれ味わえる、旅の醍醐味とはこういう所にこそあるのかもしれないわ、とミネアは改めてしみじみと感じた。


そう、旅は素敵。

旅は素晴らしい。



そして心を許した仲間との旅は、もっと素晴らしい。







「あ、あのー……」

周りがわいわいと騒がしい中、ミネアと勇者の少年のテーブルだけが、まるで針を敷きつめたような沈黙に包まれている。

注文を終え、給仕係がテーブルに料理と酒瓶を並べて下がると、果たしてもう喋ることがなくなってしまった。

(ど、どうしましょう。

二度目の食事に付き合って下さいって言ったものの、いざそうなると、やっぱり間が持たないわ……)

ミネアはフォークを握り、目の前で湯気を立てる料理を気もそぞろに食べた。

だが勇者の少年はいつも通り、温かい食べ物には眉をひそめてまったく手をつけようとしない。

申しわけ程度に、冷やした魚の酢漬けをひとくちふたくち食べると、あとは深緑色の酒瓶を傍らに、木杯に満たした葡萄酒を黙って飲んでいる。

ミネアはまだ熱い料理を、無理矢理ごくんと嚥下した。

緊張しすぎて喉が痺れ、美味いのか不味いのかもよく解らない。

だが、料理と共に酒も頼んだ手前、急いで皿を空にするや否や「ご馳走様でした。じゃ、とっとと帰りましょう」というわけにもいかないだろう。

ミネアの額にせっぱ詰まった汗が湧いたが、対照的に勇者の少年は、会話が弾まないことがとくに気になるふうでもなく、テーブルに頬杖をついてぼんやりと酒を飲み続けている。

何らかの理由があるのか、出会った頃から食事を採るのをめっぽう苦手にしている少年だったが、酒はどうやらその例に漏れるらしく、すいすいと手酌で杯を重ねている。

(なにか、話さなきゃ)

ミネアは焦り、勇者の少年と打ち解けて話すための話題を懸命に探した。

「え、えーと……。今日はいい天気でしたね。勇者様」

緑の目の少年は我れに返ったように、ミネアに視線を戻した。

「ああ」

「天気がいいと、船旅も快適に進みますね。海も凪いでいるし」

「ああ」

「な、波音も穏やかでした。気持ちがよくて、甲板にいるとうっかり眠ってしまいそうで」

「ああ」

「でもこう晴天が続くと、必ずその後は大きな嵐がやって来るんですよね。

嫌ですよね、船旅で天候が崩れるのは」

「ああ」

「………」

(ちょっと!ああ、以外になにか気の効いたことは云えないわけなの!?)

会話を盛り上げる気の全くない勇者の少年の態度に、ミネアは次第に腹が立って来た。

(いくら無口って言ったって、話を振られたら、それなりの返答をするのが礼儀ってものでしょう)

たしかに、人間同士の会話とは、そのほとんどが言っても言わなくてもいい内容で成り立つ。

今日の天気が晴れであろうが雨であろうが、勇者の少年にとってはきっと、どうでもいいことなのだろう。

だが、どうでもいいことだからこそ、だれかと他愛なく賛同しあいたい。

他者との言葉の交換で、自分の存在を確認する。それこそ、会話の喜びというものではないか。

「勇者様はどうやら、旅のお天気事情にはあまり興味が無いみたいですね」

ミネアはさっきの感謝も忘れて、つい意地悪な気持ちになり、挑むように勇者の少年に言った。

ついでに口上に勢いを得ようと、酒瓶を掴んで自分の木杯に注ぎ、ぐっと飲み干した。

「返事をする気もなくなってしまうような、退屈な話しか出来なくてどうもすいません。

わたしはこういう性格ですから、姉と違って華やかな話題を持たないんです。

じゃあ次は、あなたがなにか話して下さいな、勇者様。

お腹の底から笑えるような、とびきり愉快なお話を」

「愉快な話?俺が?」

少年は瞳を見開き、まるで至極難しい問題を突きつけられた学究のように、途方に暮れた顔をした。
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