友よ、風に想う



風は吹いている。


渇いた砂をはらむ西風、雨を呼ぶ東風、冷気を蒔く北風、ぬくもりをまとう南風――――。

風は吹く。

とどまらない。

頭を覆う分厚い兜を外して大きく息をつくと、瀟洒にたくわえた自慢の口髭の先を、びゅうと風が撫でた。

雅な趣味のひとつもなく剣ばかり振るう、脳まで筋肉の無頼漢よと常から冷やかされるこの身も、風が吹けば自ずと想念は流離する。

西から風が吹けば思う。

砂漠で迷ってはおらぬか。渇いた砂塵、起伏多き足場がことのほか不得手であった。

東から風が吹けば思う。

雨に打たれ過ぎてはおらぬか。水気を好み、何度諫めてもいつも、意気揚々と小さな身体を滴に晒した。

北から風が吹けば思う。

厳寒に嬲られてはおらぬか。かつて仲間より伝え聞いた言が真なれば、今なら人の子と同じ感冒を患う事もあろう。

そして、南から風が吹けば思う。

幸せでいるか。

この風のようにあたたかく、心満たされる幸福に安んじているか。


そなたがあれほど狂おしく、成りたいと希求した人間は、果たしてそなたの想い描いた通りの価値を持つ存在であったか。




ひと目会いたい、宿願を果たしたそなたともう一度対面したいと思わぬと言えば、嘘になる。

だが各々のさだめに沿い、潔く袂を分かった男と男、行方を探してまで顔を合わせようとするは不粋であろう。

もとよりこの身は、剣を手に戦う一国の王宮戦士。旅を終え、国元をもはや離れることのない我が身がそなたと今生再び相まみえるか、それは神の悪戯な計らいにゆだねるよりほかはない。

然れども、いつもこの心にはある。

在りし日に肩を並べ、不思議な靴を履いて空を飛び越える未曾有の冒険を乗り越えた、異形の小さな友の姿が。

傷む体にいくつもの丸い手を触れ、癒しの魔法の奇跡で傷を塞いでくれた友の、生まれたての赤子のような笑顔が。

用もないのに我が名を何度も呼び、「えへへ、呼んでみただけ」とはにかんだ姿も、今更誰にも言えぬがどうしてよいか解らないほど、大層愛らしいと目尻を下げた。


小さな友よ。

いや、恐らくもうこの記憶に残る小さな姿ではないのだろう、友よ。

風が吹けば、いつも思う。

西風が吹けば、東風が吹けば、北風が吹けば、南風が吹けば。

決してとどまらない風が、鈍重な我が身から離れた想念を乗せ、世界中を疾駆してそなたのもとへと届かんことを祈り、思う。



幸せであるように。



我がかけがえのない友、ホイミン。




どうか、幸せであるように。





-FIN-


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