最後の舞踊〜The Last Dancing〜



娘はあでやかに踊った。

これほどうつくしい踊り子は見たことがないと、舞台下に集まった大勢の観衆はみな、頬を赤らめてうっとりと吐息を洩らした。

無論、見た目が綺麗なだけの娘なら、ほかにも掃いて捨てるほどいただろう。ことにこの文化のるつぼ、眠らない退廃の街モンバーバラには。

だが褐色の滑の肌を持つ、その娘のうつくしさは掃いて捨てるほどいるその他大勢の女たちと、明らかに種類が違っていた。

それを見る者にこれ以上ないほど知らしめている所以は、まるで女神の御霊下ろしの儀式のような、荘厳で華麗なる舞踊の技だった。

彼女の踊りは素晴らしかった。

彼女の身体が宙を舞うと時は止まり、観客は自分が今、どこにいて何をしているのかを忘れた。

彼女は舞台という那由他に広がる蜃気楼を駆け、飛び、跳ねる至上の巫女だった。めくるめく歓びの楽園を七色の羽根を広げて自在に巡る、一匹の蝶だった。

ぴんと伸ばされた指先が、濃密と希薄のはざまをたゆたう虚空をすべる。

無駄の一切ないなまめかしい曲線を描くからだがやわらかく、時に激しく揺れる。

真珠の汗が、きらきら飛ぶ。

薔薇色の紅をさした唇が、誘うように蠱惑的なほほえみを浮かべる。



数限りない、無責任で陽気な言葉を繰り出すのは大の得意なのに、肝心の本音をいつだってあたしはうまく伝えることが出来ない。

だから、これで伝えたい。

舞踊という魔法の力で。

空気をふるわす動の力で。

舞台の袖から、あたしそっくりの顔が真剣な表情でこちらを見守っている。

食い入るように見つめる瞳は、今日この時を誰よりも喜んでいいはずなのに、その胸にどんな思いが去来しているのか、置き去りにされた子供のように寂しげに、やるせなげに潤んでいる。

馬鹿ね、可愛い妹。

これで終わりじゃないのよ。

死者が決して蘇らないのと同じように、健やかで満たされている生者の身体が、ある日突然自動的に天国に連れて行ってもらえるなんてことはない。

あたしたちはこれからも生きて行く。

きっと未来まで語り継がれる壮大な冒険憚、もう二度と訪れることのない旅の日々は終わったけれど、あたしとあんたがそれぞれ紡ぐ人生の物語は、まだまだ当分終わらない。

娘は踊る。

蔦のように身をくねらせ、腕と腰に巻きつけた派手な銀製の装身具をじゃらんと鳴らす。

白熱した舞踊の宴に喉を枯らして叫ぶ観衆の波の中で、その時、ひとりの少年の頭がくるりとひるがえった。

舞台へ駆け昇らんばかりに熱く押し寄せる人波を割り、少年はたったひとり、反対の方向へと歩いてゆく。

後ろ姿が遠ざかる。

真直ぐに伸びた背中は、二度と振り向くことはない。

顔は見えないけれど、きっと、かすかに笑っているのだろう。

唇の片方だけを、皮肉っぽく鋭利に持ち上げる。長い旅の間もまるでそれが矜持であるかのように、あいつは最後までそういうふうにしか笑わなかった。

そういうふうに笑うことで、己れの感情を冷静という繭で包んで隠すのだと決めているかのように、最後まで決して余計な言葉を発そうとしなかった。

踊り続ける娘のまなざしの端から、銀砂のような涙のしずくが宙に散った。

一匹のうつくしい蝶の落とした涙は水晶となり、空を遮る蛇腹の屋根に覆われた舞台の上に、ひと夜限りの星をはらはらと散らした。




さよなら


さよなら


長い旅は終わった


いつか また逢おうねなんて言わない


あたしとあんた 一瞬の神様のいたずらに 冗談みたいに導かれただけ


あたしはあんたの知らないところで これからも生きて行く



あんたもあたしの知らないところで これからも生きて行く






娘の涙を粋な演出と勘違いしたのか、観衆は色めきたち、より一層昂奮した叫び声を上げて狂おしく拳を突き上げた。

娘は泣きながら踊り続けた。

娘の瞼を彩る黄金色の隈どりが流れ落ち、頬を伝ってしずくになると、かげろうのようにふつりと消えた。

遠ざかって行く少年の背中は、人波に埋もれてもう見えなかった。

娘は踊り続けた。



娘は、うつくしかった。





-FIN-


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