約束の夜〜続・ゆびきりげんまん〜
夜が来る。
西の空が暮れなずむ頃、もうすっかり酔っ払っているのは、素面で夜を迎えるのが怖いからだなんて誰が知っているだろう。
眠りを知らぬ喧騒の街に身を置いたのは、静寂を背負ってベッドに潜り込み、夜毎襲って来る不安や恐怖と戦うのに耐えられないから。
踊っていれば何も考えずに済む。
少しも進まないのを知りながら、回る滑車を延々と走る籠の中の鼠。
「父 さ ん」
空中に小指を差し出すと、褐色の頬を白い涙が伝った。
「約束したじゃない」
(マーニャ、もうすぐ完成する。わたしの研究人生の全てをかけた秘術が。
人体に眠る潜在能力を覚醒させ、あらゆる細胞の活力を無限に増幅する神秘の錬金術)
(これが完成すれば、もう不治の病に苦しむ者はいなくなる。貧しい人々が医者を呼べず悩むこともないだろう。
この錬金術は世界を救うんだよ、マーニャ。人間はついに、神の手を借りずに進化する術を手に入れたんだ!)
(えー、そんなの嘘くさーい。
神様を越えようとするだなんて、父さん、いつか絶対罰が当たるわよ)
今さら何万回悔やんでも取り消せない、図らずも真実となった抗弁。
(人間は生き物よ。生きていれば病気もするわ。体が疲れることもあるわ。
それでも負けずに戦うから、あたしたちを作り上げる血や肉は強くなって、その強さは子や孫へ受け継がれて行くのよ)
(お前が子や孫のことまで口にするようになるとはな、マーニャ。
人行き交う街モンバーバラに修行に行かせたのも、あながち間違いではなかったようだ)
地下室にこもりきりでろくに日にも当たらず、無精髭がぼうぼうに伸びた青白い面が笑った。
(お前にもミネアにも、ずいぶん長いこと寂しい思いをさせた。だがこの秘術が完成したら、もう研究はおしまいだ。
皆で旅に出よう。船に乗って世界中の大陸を好きなだけ巡ろう。
わたしとミネアとマーニャ、それからオーリンとバルザックも連れて、みんなでな)
小指を絡め取る節くれた指先から漂う、硝酸くさい匂い。
(約束だぞ、マーニャ)
(うん、約束よ、父さん)
(ゆーびきーり、げーんまーん………)