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『魔女』だなんて馬鹿馬鹿しい、ですか?

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『魔女』だなんて馬鹿馬鹿しい、ですか?
つば広の大きくて黒い尖り帽子。
ひらひらした黒いマント。
箒と杖を持った女の子の姿を、他になんと形容できるというのでしょう。

現に、人間の姿を『それ』に変えてしまったのですから…。


ΟΟΟΟΟΟΟ



「千夜田さん、これから帰るの?」

夏休みを控えた、ある日の放課後。
下校時刻を小一時間は過ぎた下駄箱で靴を履き替えていると、クラスメイトの男の子が話し掛けてきました。


「あ、クライさん。はい、これから帰るところ」


わたしは高校一年生で、まだあまりクラスメイトと打ち解けているとは言えないのですが、『クライ』さんとは席が近かったこともあって時々話をします。


「俺も。先生に呼び出されていたんだ。だからちょっと帰るの遅くなっちゃったんだが……千夜田さんは?」


「わたしは、調べものがあったので図書室にいたの」

「そうなんだ。勉強熱心だね」


クライさんとわたしは、肩を並べて下駄箱をあとにします。
さりげなく玄関扉を開けてくれて、わたしが外に出るのを待ってくれました。

クライさんは、密かにクラスの……いいえ、きっと一年の女の子たちの間で『クライくんてちょっとイイよね』と囁かれることのある人です。
なぜなら、こんな風に女の子にさりげない気遣いが出来るからなのです。

でも、わたし、濛さんは素敵だなと思うこと、あるんです。
もちろんこのことは誰にも内緒ですよ。


わたしも濛さんも歩いて通学をしているので、そのままなんとなしにお喋りをしながら校門まで来ました。
校門までの道は桜並木になっていて、この時期セミの声が忙しないのですが、きらきらとした夏の木漏れ日はわたしたちを照らしてくれます。


「どうして先生に呼び出されていたの?」

「同じクラスの、城田きたくんのことで」


城田きたくん。
城田くんと言えば、『城田千寿郎きたせんじゅうろう』さんのことに他なりませんでした。


「千寿郎さんが、どうかしたの?」

「いや、城田くん最近急に学校に来なくなっただろ?体調が悪いからなんだけど、独り暮らしみたいだから様子を見て欲しいって頼まれたんだ」

「え、そうだったのね」

「俺も、独り暮らしをしているから、不本意だけど先生達の間でそういう仲間意識みたいなのがあるのかもしれないな」

「あら、濛さんも独り暮らしなの?大変ね」

「まあね、でも、実家に居るよりは…………ううん。そんなことより、これから城田くんの家に行こうかと思うんだけど」



はい、ごめんなさい。
千寿郎さんの家に行っても誰もおりません。

だって千寿郎さんは、今………わたしの鞄の中に居るからです。


魔女の呪いでわたしの大嫌いな8本の脚の『それ』に姿を変えられてしまった、クラスメイトの『城田千寿郎』さんは、現在わたしに匿われています。
そして、『それ』が入る小さな箱に千寿郎さんを入れて、わたしは常に千寿郎さんを持ち歩いているのです。

その事は誰も知りません。

今日、わたしが図書室で調べていたのも、呪いを解く鍵となりそうなものを探していたのです。
でも、このことは濛さんには言えません。


「千夜田さんも、どうかな?」

「ええと、わたし……。千寿郎さんと、あまりお話ししたことないから…行っても大丈夫なのかしら」


そうなのです。
千寿郎さんとは、あまり、お話をしたことがありませんでした。

どちらかと言えば寡黙で、穏やかで静かな千寿郎さん。
でもクラスでは孤立しているというわけではなく、お友達も居て、女の子ともお話をなさる人。
わざわざ独り暮らしを選ぶほどにはうちの学校に価値を見いだし、お勉強も出来て、同い年の男の子と比べたら年齢のわりに芯のある方だとわたしは思います。


今は、寝食を共にし、ひとつ屋根の下で暮らす仲です。
でも、だからこそわたしは千寿郎さんと仲良くなる前のイメージを下手に崩してはいけないと考えました。

それでも濛さんは全く気にした風もなく、さらりと言うのです。


「そうなんだ。でも、クラスメイトの女の子がお見舞いに来てくれたら、あまり仲のよくない相手でも嬉しいんじゃないかな。ずっと独りで家にこもっていれば尚更。
俺もまだそこまで仲良しなわけじゃないけど、これをきっかけに友達になれるかもしれないし。

もちろん、千夜田さんが嫌じゃなかったら」

「……濛さんがそう言うなら」

「本当?ありがとう。」


濛さん、なんてお優しいのでしょう。
でもどうしましょう、千寿郎さんは、家には居ませんもの。


そういうわけで、千寿郎さんの家を初めて訪ねました。
オートロック式のマンションの一室に住んでいるので、エントランスからインターフォンで呼び出します。
住民の方がインターフォンに応えたうえでエントランスの自動ドアのロックを解除しないとドアが開かない仕組みです。

もちろん、そういうわけでわたしたちの初訪問は失敗に終わりました。


「城田くん、寝てるのかな」

「体調が、あまりよくないのだものね。急に来てしまったから寝ているのかも」

「そうだね…。ごめんね。せっかく俺に付き合ってくれたのに」

「ええ。平気」


そのままわたしたちは千寿郎さんの家をあとにしました。
せっかく足を運んでくれたのに、事情を知らない濛さんには悪いことをしてしまったなと、ほんの少し罪悪感を覚えました…。



「…あら、濛さんもこっちの方なの?」

また他愛もない話をしながら歩いていると、そういえば濛さんの帰る方向が気になったのです。
濛さんはやはり気にした風もなく、さらりと言うのです。


「ううん、そもそも城田くんの家って俺の家と反対なんだ。千夜田さんは確かこの辺りだったよね。
夏だから日暮れは遅いけど、付き合わせたから近くまで送るよ」

「え!わたし、知らなかった。ごめんなさい」


千寿郎さんの家はわたしの家より少し先の方ではあるもののたいした距離ではないため、特になにも考えていませんでした。
濛さんの、こういうところ、わたしは素敵だと思います。


「…?千夜田さんが謝ることなんてなにもないでしょ」

「濛さん…」

「それより大丈夫?歩き疲れてない?」

「大丈夫、元気」

「そっか。あ、熱中症には気を付けてね。もし気分が優れなかったらすぐに言って」

「ありがとう」


濛さん…!!

頬が少し熱いのは、夏の気温のせいでしょうか。



「あ、じゃあ、わたし、この角を行ったところだから」

「そっか、気を付けてね。また明日学校で」

「ええ。濛さんも、お気を付けてね」



千寿郎さんには悪いのだけれど、濛さんとの帰り道、わたしは千寿郎さんのことを少し忘れていました。
だからなのでしょう。


「はあ、濛さん……どうしてあんなに優しいのかしら」

そんなことを呟きながら帰宅し、自分の部屋に入り、鞄をあけ、教科書を整理しようとしたときです。
『それ』の入った箱を、わたしは無造作に落としてしまいました。


「あっ!いけない、ごめんなさい千寿郎さ…………ぁっ…………っ」


床に落ちた箱は、反射的に拾おうと屈み込んだわたしの目の前で、弾みで蓋が開き、箱に触れるほどの距離にまで達した指先で『それ』が躍り出てくることとなったのです。


「わっ、びっくりした」


『それ』は言いました。



わたしは、わたしは、『それ』をみたわたしは、『それ』に釘付けになりながらも、全身が強張り身の毛がよだち圧迫するような感情が胸をかけ上がるのを感じていました。


「……!千夜田さ……!!」

『それ』である『城田千寿郎』さんも、事態に気がついたのでしょう。
わたしを見上げる彼は固まって、そして慌てて物陰に隠れようと手足をばたつかせます。
でも、それがいけませんでした。



「ひ…………やっ……やだっ!動かないでぇっ………動いたらダメなのぉ………っ、やだぁ………」



『それ』が動く姿は大変、大変、気持ちが悪かったです。


わたしは、絞り出すようにそう言うと、あら、気が遠くなっ………。



「ち、千夜田さーーーん!!」


……ああ、わたしは、この調子で大丈夫なのでしょうか。
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