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少しの間だったけれど、私はとても、とても幸せでした。
入間さんとの出会いは、勤め先のカフェだった。よく来るお客様の中に、どうやら捜査対象の方がいるようで、協力を求められたのだ。
その捜査が終わっても、入間さんは度々カフェに来てくれて、何かと気にかけてくれた。お客様が少ない時には、人目を忍びつつ他愛のない話をしたり。
そんな中、入間さんに惹かれていくのは必然だった。思い切って抑えきれない想いを告白したら、入間さんは優しく微笑んで受け入れてくれた。
***
「…アイツとの付き合いなんて、今の件が片付いたら終わりに決まってるだろ。どこかに行ってしまうみたいだしな」
その日は、入間さんとの食事に出掛ける日だった。
少し早めに着いた、入間さんとの待ち合わせの場所。電話をしていたみたいだから、そっと声を掛けようとしたところで聞こえてきた、その言葉。
私のことだと思った。
私も捜査に必要な1人だっただけで、関係を持った方が有利なだけだからだって。
それに、どこかに行ってしまう、と入間さんはそう言っていた。ちょうど今日、腰を悪くした母の為に、少しの間実家に戻ることを入間さんに伝えようと思っていたのだ。
入間さんのことだ。どこからかその話を聞いたのだろう。
不思議と涙は出なかった。入間さんがどうであれ、私にとっての入間さんとの時間は幸せだったからだ。涙を流すなら、きっとそれは別れが来る時。
とんとんと入間さんの肩を叩く。入間さんはまた連絡する、と電話を切り、私へと向き直った。今の私は上手く笑えているだろうか。
***
「今日もありがとうございました、楽しかったです!」
いつも通り食事をしてお話をして、入間さんの車で家まで送ってもらった。今日はとてもお洒落なお店だったのもあり、料理の味はあまり覚えていないけれど。
「私もですよ。おやすみなさい、ナマエさん」
そう言って入間さんは優しく私の髪をすいてから、額に唇を落とした。
離れていく温もりがなんだか寂しくて、入間さんのスーツの裾を掴む。
どうかしましたか、と少し心配そうに覗き込んできた入間さんの唇に、私はそっと触れるだけのキスをした。
そのまま身を引こうと思ったのものの、後頭部と腰に腕を回され、逃げることが出来ない。
息がかかる程の距離に、重なり合う視線に、心臓が高鳴っていく。
「まったく…帰したくなくなるじゃねぇか」
そう言った入間さんは、私の唇をついばむ。ちゅっと何度も繰り返されるそれに、私も答えようと返す。混じり合う吐息と恥ずかしさに呼吸なんて忘れてしまって。
「いる、まさん。い、息が…」
「ふふ、すみません。貴方が可愛くて、つい」
続きはまた今度。入間さんはそう言って、最後にまた触れるだけのキスをした。
そして私が家に入るのを見届けてから、入間さんは去っていく。
入間さん、私とても幸せでした。
流れた涙は音もなく地面へと落ちていった。
***
実家へと帰る当日。それまで入間さんとは会わなかった。というより、お互いに忙しくて会えなかった。連絡はこまめに取っていたけれど。
別れの言葉を聞くのも、言うのも辛い。このまま離れてしまえば、自然と無かったことになるだろう。それがいい。私にはあの幸せな時間があっただけで、いい。
支度を終え家を出ようとした瞬間、携帯から着信を知らせる音が鳴り響く。入間さんだ。
「…はい、もしもし」
「今、どこにいる!?」
入間さんの焦った様な、荒げた声が耳に響く。今までに聞いたことのない声色だった。
「家に居ます。もう出ますけど…」
「俺が行くまで、そこから動くんじゃねぇぞ!」
ぷつりとすぐに切られた電話に、このまま家を出る訳にも行かない。入間さんにメッセージを入れて、近くの公園で大人しく待つことにした。
それから数分後、公園に入ってくる入間さんの姿が見えた。私の姿を見つけるや否や、少し駆け足で寄ってくる彼に声を掛ける暇もなく、目の前に来た入間さんに腕を引かれ、抱きしめられた。
「…何でですか、何も言わずに」
「入間さん?」
「いつも通りカフェに行けば、貴方は昨日限りで辞めたっていうじゃないですか…なんで」
「…ご存知なのかと思っていました」
「は、」
「実は聞いてしまったんです」
あの日、入間さんが電話で話していたこと。それを言うと、入間さんは大きなため息をついた。
「それは貴方のことじゃないですよ」
「えっ」
「別件で捜査協力をしてもらっていた人のことです」
それじゃあ、私はとんでもない勘違いをしていたのではないか。穴があったら入りたい。
「…それで、貴方は自分のことだと思って、離れるつもりだったんですか」
「えっとそれは、偶然というか…母が腰を悪くしてしまって、少しの間実家に帰ることに…」
「…そうでしたか」
俯いていた顔を上げて、入間さんの顔を見上げる。先程までの鬼気迫った雰囲気はなく、入間の顔は安堵の表情を浮かべていた。
「…すみません、私の早とちりで。お騒がせしました」
「…本当ですよ。それに貴方は何も分かってない」
今度は射抜く様な視線が向けられる。どこか熱のこもった、甘い視線が。
「私が貴方のことをどれだけ好きなのか、分からせてあげます」
額に頬に鼻に、と触れるだけのキスが落ちてくる。
いつかのあの日のように、最初はついばむだけだった唇も、だんだんと溶け合って深くなっていく。
「…あの日の続きを、しましょうか」