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「水上〜、昨日の国語のノート見せてくれない?」
「昨日珍しくおらへんかったもんなぁ。どないしたん?」
「ちょっと体調悪くて休んでた」
「ほうか」
そう言って俯き、水上は机の中をごそごそと漁り始めた。すぐに出てきたノートを受け取ってお礼を言う。
水上も防衛任務で授業で抜けることが多々あって、席が窓際の後ろ端で前後の私達は、お互いにノートを借り合う仲にまでなっていた。
「男友達に借りれば?」と一度聞いたことはある。「お前男のノートの見にくさ知らんやろ」と言われ、水上と仲の良い男の子を思い浮かべた。
うーん、村上くんとか綺麗そうだけどなぁ。
水上にノートを借りられるようになってから、私も水上にノートを借りるようになった。
まぁ滅多に学校を休むことはないので、本当に稀にだけど。
水上のノートもあまり綺麗とは言えない方だけど、私が休んだ日の板書は幾分か整っているように見えた。
勘違いかもしれないけれど、それだけで胸がきゅっとなる自分もいた。
「なんやまだ顔色悪そうやで」
「えっそう?」
片手を頬に当てる。昨日ぐっすり寝たし、朝ごはんは食べたし、自分的には万全だ。
何だろう、緊張かな。私が今からしようとしてることへの。
「あんま無理すなや。目の前で唸られたら授業集中出来ひんやん」
「唸りません〜大丈夫です〜」
ほんまか〜?なんて怪訝な目で見てくる水上に、ほんまです〜なんて言って笑う。
言い方は素っ気ないけど、水上から伝わる優しさにじんわりと胸が暖かくなった。
私は今、この滅多に借りることのないノートで、一世一代の告白をしようとしている。
なんて大袈裟なものでもなく、相手が気付いたら良いな、気付いて欲しくないな、ぐらいのもの。
昨日の国語の板書の最後のページ。それぞれ離れた場所にある「す」「き」に薄く丸を付ける。
席が前後になって話をするようになって、軽口を叩き合うようになって、その居心地の良さや怠げな態度さえもだんだん気になっていって。いつしか水上のことが好きになっていた。
溢れそうな想いを伝えたい。でもその想いが溢れて枯れてしまうのが怖い。そんな臆病な私がする告白がこのノートだ。
「水上、ノートありがとうね」
次の日の国語の授業のひとつ前の休み時間。後ろの席であくびをしている水上にノートを返した。
心臓はもうドキドキで、これを返してしまえば後戻りなんて出来ない。なんてことないように装いながら渡すので必死だった。
「おう。落書きとかしてへんやろなぁ」
「しっ、してません!」
今までもそう聞かれたことはあった。でも今回まさかのタイミングで聞かれて、盛大に動揺してしまった。
会話は終わりだと前を向いて、次の国語の授業の準備をする。まもなくして私の席へとやってきた友達と話を始めた。
変に思われたかもしれないけど、あれ以上水上と話を続ける勇気もなかった。拗ねている、ということにしておいて欲しい。
授業が始まって程なく。本当に小さな声で「は」と呟く声が後ろから聞こえた。思わずぴくりと肩を震わせてしまう。
丸をつけた文字、気付かれただろうなぁ。どう思うかな。
でも気付いていながら、なかったことにされたらそれで終わりだ。ぎゅうと締め付けられる胸を抑えて、小さく深呼吸。
平常心…平常心。先生の声と白いチョークが走っていく黒板に意識を集中させる。
まぁそれが上手くいくわけもなく、どうしても私は後ろの彼に意識を持っていかれてしまった。
授業の終わりを告げるチャイムと先生の言葉が響いて、すぐ席を立つ。い、居た堪れない。
しかし、それを遮るように後ろから声がかかった。ごくり、と唾を飲み込んでから後ろを向く。
「これ」
「…うん?」
水上は先程の国語の授業のノートを私に差し出す。
思った反応と全然違い拍子抜けをする。水上の意図も分からなくて首を傾げる。
「今日のノートもいるやろ?」
「わ、私、今日は起きてたよ」
そうだ。後ろの誰かさんに意識を取られて眠くなるなんてことはなく、ずっと起きていた。
板書もばっちり。内容は全然頭に入っていないけど。
「ええから受け取れ」
「は、はい」
念を押すようにずいっと差し出されたノートを受け取る。水上は頬杖をつきながら、窓の外を見ている。
手元の、水上の名前が書かれたノートを見つめて少し冷静になっていく。
今なら水上が私にノートを渡した意味も分かる。きっと返事が書いてあるのだ。どうしよう。
「ノート、学校で開けんなや。家で開けや」
ノートを開くのが怖くて見つめたまま動かない私に気付いてか、水上はそう言って立ち上がり教室を後にする。
去り際にちらりと見えた水上の耳が、心なしか赤いように見えた。
どうしよう。少しは期待していいのかな。
あれから水上と話すことも目も合うことはなかったけど、ずっと家に帰るのが待ち遠しかった。
家に帰って駆け足で自室に入り、1番に水上の国語のノートを開いた。ぺらぺらと捲れていく紙の小さな風。文字が並ぶ最後のページに辿り着いたとき。
はっきりと丸で囲まれた文字がそこにはあった。
「お」「れ」「も」
嬉しくて泣きそうになって、ぎゅっとノートを抱き締めた。
その返事も同様に文字に丸を付けて返した。
そこから水上のノートで、丸は付けずに普通の文字でなんてことない話を、交換日記をする日々が続いた。水上の国語のノートは、もう一冊別に増えたようだ。
でも話をしてもノートの上でも、告白の時以外はそれ以前となんら変わりない話ばかり。
一向に言葉で伝えてくれない水上に痺れを切らしたのは私で、放課後2人教室に残った時それを思うままに伝えれば「お前が始めたんやろ」と言われ、ぐうの音も出なかった。
それでも頭の後ろをガシガシと掻きながら水上は「好きやで」と、顔を赤くしながらか細く小さな声で言ってくれた。
「私も、だいすき」
「…知っとるわ」
そう言った水上は、頬杖をついて窓の外を見ていた。私の方へと曝け出されたその耳は、いつかと同じように赤く染まっていた。
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