荒船 哲次
▼ Name change!
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彼の、私の名前を呼ぶ声が、友達よりも他の誰よりも特別な響きがあると感じ始めた頃。
お昼ご飯を終えた後の国語の授業。差し込む太陽の光で程よく温まった空気も相まって、眠気を誘われている生徒が多いのであろう、教室はしんと静まり返っている。
かくいう私も船を漕ぎ始めようとしたころ、前の席の荒船くんが先生に音読をするよう当てられた。
自分の前の席の人が当てられたことに少し驚いて、目が覚めてしまった。
しんとした教室に、落ち着いていて、どこか芯のある声が響いていく。
教科書の文字をなぞるように目で追いながら、荒船くんの声に耳を傾けていた。
最近はこの声に名前を呼ばれるだけで胸が熱くなって。彼の声が、存在が、だんだんと私の中で特別なものへとなっていっている。
「……はどう考えているか?…ミョウジ!」
「え〜…良い声だな〜…って」
一瞬硬直した後、ばっと顔を上げて立ち上がる。
…待って。私、今誰と会話した?
少し驚いた顔をして、こちらに振り向いている荒船くんと目が合う。
「それは先生がか?荒船がか〜?」
「え、あ、その」
口を開くも、恥ずかしさで言葉にならない。
周りから浴びる好奇な視線と笑い声が、より恥ずかしさを増す。
だんだんと身体が、頬が熱を帯びていくのが分かる。多分、真っ赤だ。
荒船くんも、ふっと笑って前を向いてしまった。
「ミョウジ、ちゃんと話聞いとけよ〜」
「すみません…」
下を向き、身体を縮こませながら、ゆっくりと座る。まだ、ばくばくと心臓が鳴り響いている私を置いてけぼりにするかのように授業を進めていく先生。
授業が終わる頃には、皆忘れていますように。
「あ、荒船くん」
授業の終わりを知らせる鐘の音が鳴り終わった後、前の席の荒船くんに声を掛けた。
「その、さっきはごめんね。変に注目浴びちゃって…」
「別に気にしてねぇよ。俺よりもミョウジの方が注目されてただろ」
「それはまぁ…そうなんだけど」
「それより、どっちだったんだ?」
「何が?」
「良い声」
揶揄っている様子もなく、ただ純粋に気になったから。そんな様子でこちらを真っ直ぐと見ながら、そう言った荒船くん。
え、ここで面と向かって本人に言うの?
いやもう、なんならさっきの授業でクラス全員に知れ渡ってるようなものだけども…。
「えと、その…荒船くん、です」
「ふーん」
嫌がられる。喜ばれる。そのどちらでもない反応だった。
そうか。と飲み込んだような表情に見えた。
でもあまり良い反応には思えなかったので、じわりと嫌な汗が出て来る。
「ごめん!気に障った…?」
「全然。褒めてんだろ?ありがとな」
ふっと笑った荒船くんを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「そんなこと言われたことなかったからな。なんかしっくりこねぇっつうか」
「えっ、そうなの?何十回と言われてそうなのに」
「覚えはねぇな…ミョウジが初めてだな」
「そ、そう」
そう言った荒船くんになんだか気恥ずかさを感じつつ、どこか温かい友人の視線を感じながらも、荒船くんとの会話でその休み時間は終わった。
その分、放課後に友人達から質問攻めにあう羽目になったけれど。
あの国語の授業の事件から数日、特別変わったことが起きることはなく、月が替わり席替えが行われてしまった。
私の席は窓側、荒船くんは反対の廊下側になってしまった。
どこか凛としたあの後ろ姿も、プリントを配ってくれる時のふとした横顔も見れなくなって。話すきっかけさえもなくなってしまった。
「失礼しましたー」
席が離れた寂しさもようやく癒えかけた頃。
放課後に立ち寄った職員室で、ちょうど良かったと言わんばかりに先生から荒船くんに伝言とプリントを渡して欲しいと言われた。
話すきっかけが出来て嬉しい。でも上手く喋れるだろうかという不安。
ふたつが織り混ざって複雑な気持ちになりながらも先生からプリントの入った封筒を受け取り、教室へと帰路に着く。
私が教室から出た時には、まだ荒船くんは教室に居たと思うけれど。こうしている間に、もう帰ってしまったかもしれない。
そうであれば、話すことも出来ない。まぁ…仕方ないよね。タイミングが悪かったと諦めるしか他ない。
帰っちゃってたら、伝言をメモに書いて、封筒と一緒に机の中に入れておこうかな。
それか、荒船くんと仲の良い友達に渡しておこうかな。
そう考えながら教室に着けば、ちょうど後ろのドアから荒船くんが出て来て鉢合わせた。
鞄を持っていることから、ちょうど帰るところなのかもしれない。
「あ、荒船くん!」
「おぉ、どうした」
2人でドアの出入り口を塞いだままのは他の生徒の邪魔になるので、一緒に少し横にずれる。
「ちょうど良かった。はい、これ。佐藤先生から」
先生から受け取った封筒を渡し、伝言を伝える。今週末までに提出するように、と。
封筒の中からプリントを取り出し、軽く目を通した荒船くんは、分かったと頷いた。
無事に渡せて良かった。ほんの少しだけだけど話せて良かった。
それじゃあ…と別れの言葉を言うよりも、荒船くんが口を開く方が早かった。
「ミョウジさ、前に俺の声が良いって言ってくれただろ?」
「え!?」
突然の話題に驚き、大きな声が出てしまった。まさか掘り返されるとは…。間違ってはいないので、おずおずとうんと頷く。
「俺もミョウジの声、聴いてみたんだよ」
「えっ!?」
またもや大きな声が出てしまった。
な、なんてことを!?荒船くんに意識して声を聞かれてただなんて恥ずかしい。
これまで生きてきた中で良い声だなんて言われたことはないし、最近なんて友達と泣くほど笑ってた記憶しかないんですが。良いイメージが全然浮かんで来ない。
何を言われるんだ、とごくりと息を呑む。
「良い声っつーのは分かんねぇが…後ろからミョウジの声が聞こえなくなって物足りねぇわ。今の席」
「…えっ!?!?」
さっきから驚いた声しか出していない。そんな私の動揺の連続なんてつゆ知らず、遠くから荒船くんを呼ぶ声が。
声のした方へと顔を向け、今行く。と返事をして荒船くんはこちらに振り返る。
「じゃあな。これ、ありがとな」
なんて。封筒を少し掲げながら、ふっと少し笑って、荒船くんは去って行った。
困惑と嬉しさとでごちゃ混ぜになりながらも、甘く心臓が締め付けられ、忙しなく高鳴っていく。
今更のようにも思うけれど、小さくなっていく彼の後ろ姿を見ながら「好きなんだ」と、改めて想いを自覚した。
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